Reports

活動報告

chevron_right

予防接種情報の公衆への届け方  A類・B類疾病という制度の複雑さと「ライフコースアプローチ」に基づく情報設計

JMWO-RR-0049

最終更新日 2026/7/1

予防接種情報の公衆への届け方  A類・B類疾病という制度の複雑さと「ライフコースアプローチ」に基づく情報設計

予防接種情報の公衆への届け方

A類・B類疾病という制度の複雑さと「ライフコースアプローチ」に基づく情報設計

日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:予防接種啓発プロジェクト


1. はじめに――「なぜこんなに複雑なのか」という素朴な疑問

レポート11で詳述した帯状疱疹ワクチンは、個別のワクチンに焦点を当てた解説であった。本レポートは、プロジェクト13「予防接種啓発」の1本目として、より広い視野から「日本の予防接種制度そのものが、なぜ一般の人々にとってこれほど分かりにくいのか」という構造的な課題と、その情報をどう届けるべきかという設計論に焦点を当てる。

日本の予防接種制度は、「定期接種」と「任意接種」という2つの枠組みに大別され、さらに定期接種は「A類疾病」と「B類疾病」という異なる性質のカテゴリに分かれる。特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)の政策提言書によれば、「2025年4月時点では、合計18種類(定期A類14種、定期B類4種)の疾患が定期接種として位置づけられている」とされる。この分類の複雑さこそが、一般の人々が予防接種情報を正確に理解し、適切に行動することを妨げる、構造的な障壁となっている。本レポートでは、この制度の複雑さの実態、情報伝達における課題、そしてWHOが提唱する「ライフコースアプローチ」という新しい情報設計の視点を、製薬企業・医療機関・自治体関係者が活用できる形で詳述する。


2. A類疾病・B類疾病という分かりにくい制度

2.1 A類とB類の根本的な違い

厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部予防接種課の「令和7年度予防接種基礎講座資料」では、この2分類の性質が明確に定義されている。「A類疾病(主に集団予防、重篤な疾患の予防に重点。本人に努力義務。接種勧奨有り。定期予防接種の対象。)」に該当する疾患として、「ジフテリア、百日せき、急性灰白髄炎(ポリオ)、麻しん(はしか)、風しん、日本脳炎、破傷風、結核、Hib感染症、小児の肺炎球菌感染症、ヒトパピローマウイルス感染症(子宮頸がん予防)、水痘、B型肝炎、ロタウイルス感染症、痘そう(天然痘)」が列挙されている。

一方、「B類疾病(主に個人予防に重点。努力義務無し。接種勧奨無し。定期予防接種の対象。)」には、「インフルエンザ、高齢者の肺炎球菌感染症、新型コロナウイルス感染症、帯状疱疹」が該当する。レポート11で詳述した帯状疱疹ワクチンは、まさにこのB類疾病に位置づけられている。

2.2 「努力義務」「接種勧奨」の有無という理解の難しさ

このA類・B類の違いは、単なる分類上の区別ではなく、実際の制度運用における重要な差異を伴う。A類は「本人に努力義務。接種勧奨有り」であるのに対し、B類は「努力義務無し。接種勧奨無し」とされる。この違いは、一般の人々にとって「なぜこのワクチンは接種を勧められ、あのワクチンは勧められないのか」という混乱を生みやすい、極めて分かりにくい制度設計となっている。

2.3 定期接種と任意接種というもう一つの軸

ワクチン.net(ワクチンネット)の解説では、より基本的な制度区分として「定期接種」と「任意接種」の違いが説明されている。「予防接種には、法律に基づいて市区町村が主体となって実施する『定期接種』と、希望者が各自で受ける『任意接種』があります。接種費用は、定期接種は公費ですが(一部で自己負担あり)、任意接種は自己負担となります」とされている。

さらに重要な違いとして、健康被害が生じた場合の救済制度の違いも示されている。「定期の予防接種による健康被害が発生した場合には、救済給付を行うための制度がありますので、お住まいの市区町村にご相談ください。任意予防接種によって健康被害が起こったときは、独立行政法人医薬品医療機器総合機構法による救済制度があります」。つまり、定期接種と任意接種では、根拠となる法律も、救済を求める窓口も異なるという、レポート33で詳述した医薬品副作用被害救済制度とも接続する複雑な制度構造が存在する。

2.4 「ワクチンギャップ」という歴史的経緯

一般社団法人日本ワクチン産業協会が発行する解説資料では、日本の予防接種制度が抱えてきた歴史的な課題が示されている。「一時期、ワクチンギャップ(欧米諸国ではほぼ無料で受けられる予防接種が日本では接種できない、あるいは有料の任意接種であること)が問題視されていましたが、近年では新たなワクチンの導入や定期接種化が進み、さらに同時接種の考え方が進む等、改善が図られています」。

この「ワクチンギャップ」という概念は、Know VPD!(VPDを知って子供たちの命を守る会)のような啓発団体の活動の背景にもなっている歴史的な課題であり、日本の予防接種制度が国際的に見て複雑かつ後発的な発展を辿ってきたことを示している。


3. 定期接種化という継続的な制度変化

3.1 新型コロナワクチンをめぐる複雑な変遷

近年の予防接種制度において、特に一般の人々を混乱させたのが新型コロナワクチンの位置づけの変遷である。ファイザー社の解説(Pfizer Vaccines JP)によれば、「新型コロナワクチンの全額公費による接種は2024年3月31日で終了しました。2024年度以降、65歳以上の人および一定の基礎疾患を有する60〜64歳の人で一定の条件を満たす人を対象として、秋冬に自治体による定期接種が始まりました……また、定期接種の対象者以外(子ども、大人)で接種する場合は、任意接種となります」。

厚生労働省の「新型コロナワクチンQ&A」でも、「2024年(令和6年)4月以降の新型コロナワクチンの接種は有料になっているのですか」という、まさに一般の人々が抱く典型的な疑問がQ&A形式で取り上げられており、「臨時接種(無料)」から「定期接種(原則有料)」への移行という制度変化が、いかに丁寧な説明を要するものであるかを物語っている。

3.2 帯状疱疹ワクチンの経過措置という複雑な対象年齢設定

レポート11で詳述した帯状疱疹ワクチンについても、制度の複雑さを象徴する経過措置が設けられている。厚生労働省の資料では、「帯状疱疹は2025年度から2029年度までの5年間、その年度内に70、75、80、85、90、95、100歳となる方を対象(100歳を超える方は、2025年度に限り全員対象)とする経過措置を設けている」とされる。5歳刻みという年齢設定・5年間の経過措置期間という制度設計は、対象者が「自分が今年度対象なのかどうか」を正確に把握することを、決して容易ではないものにしている。

3.3 HPVワクチンのキャッチアップ接種という時限的な救済措置

Know VPD!の解説では、HPVワクチンにおいても複雑な時限措置が示されている。「HPVワクチンキャッチアップ接種:1997年4月2日〜2008年4月1日生まれの女性は、2025年3月末までが無料(公費)での接種期間となる」とされ、特定の出生年月日の範囲と特定の期限という、極めて具体的かつ複雑な条件設定がなされている。


4. WHOが提唱する「ライフコースアプローチ」という新しい情報設計の視点

4.1 予防接種アジェンダ2030(IA2030)

日本医療政策機構の政策提言書では、こうした制度の複雑さへの解決策となりうる、国際的な政策潮流が紹介されている。「ワクチンで予防可能な疾患(VPD:Vaccine Preventable Diseases)は多岐にわたり、全てのライフステージ(乳幼児期、児童期、青年期、成人期、高齢期)に対応できる予防接種制度が求められている。世界保健機関(WHO)が公表した予防接種アジェンダ2030(IA2030:Immunization Agenda 2030)でも、生涯を通じた予防接種を推奨するライフコースアプローチが強調されている」。

このライフコースアプローチという考え方は、予防接種を「子どもの頃に一通り済ませるもの」という従来の認識から、「人生の各段階で、その時々に必要なワクチンを継続的に受けるもの」という認識へと転換することを求めている。レポート11で詳述した帯状疱疹ワクチンのような高齢期のワクチンは、まさにこのライフコースアプローチの一環として位置づけることができる。

4.2 情報設計への示唆——「制度区分」から「人生の段階」への転換

この視点は、予防接種情報の伝え方において重要な示唆を持つ。従来のA類・B類、定期・任意という「制度上の分類」を前面に押し出した情報提供は、一般の人々にとって理解のハードルが高い。一方、「あなたは今どのライフステージにいて、このタイミングでどのワクチンが推奨されるか」という、受け手の人生の文脈に沿った情報設計——レポート12で詳述したヘルスリテラシーの観点からも、より効果的なアプローチとなりうる。

4.3 予防接種基本計画の11年ぶりの改定

同政策提言書では、こうした課題認識を背景に、「2025年4月には11年越しに予防接種基本計画がはじめて改定された。今後の着実な実行が期待される」という、政策レベルでの動きも示されている。11年間改定されなかったという事実自体が、日本の予防接種制度の変化の遅さと、それに伴う情報の陳腐化リスクを物語っている。


5. 信頼できる情報源という基盤

5.1 Know VPD!という市民向け啓発団体

VPD(ワクチンで防げる病気)を知って子供たちの命を守る会が運営する「Know VPD!」は、複雑な予防接種スケジュールを一般の人々にわかりやすく伝えることに特化した、市民向け情報サイトの代表例である。「四種混合ワクチンの接種スケジュール変更」「ワクチンの種類の凡例を変更」といった更新履歴を継続的に公開する姿勢は、レポート47で詳述したメディカルノートの「3〜5年の見直しサイクル」とも通じる、情報の鮮度を保つための継続的な努力を示している。

5.2 国立健康危機管理研究機構という一元的な情報拠点

国立健康危機管理研究機構(JIHS)は、「予防接種情報|感染症情報提供サイト」として、「麻しん風しん定期予防接種実施状況の調査結果」「年齢別麻疹、風疹、MMRワクチン接種率」「小児予防接種ダッシュボード KidsVaxJapan」といった、統計データから個別のツールまでを一元的に集約する情報拠点を提供している。国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合し、2025年4月1日付で新たに発足したこの機構は、日本の感染症・予防接種情報インフラの中核として位置づけられる。

5.3 不正確な情報への注意喚起という新たな課題

厚生労働省の新型コロナワクチンに関する公式解説では、「新型コロナワクチンの情報については、科学的根拠や信頼できる情報源に基づいていない不正確なものがあり、注意が必要です」という明示的な注意喚起がなされている。これはレポート40で詳述したYMYL・E-E-A-Tという評価基準が、予防接種という極めてセンシティブな医療情報領域において、いかに重要であるかを裏付けている。


6. 製薬企業・自治体関係者への含意

6.1 「制度の説明」より「あなたに関係すること」への翻訳

ワクチン啓発コンテンツの設計にあたっては、A類・B類・定期・任意といった制度用語の羅列ではなく、レポート38で詳述したプレインランゲージの考え方に基づき、「あなたの年齢・状況では、このワクチンが公費で受けられます」という、受け手にとって直接的に関係のある情報への翻訳が求められる。

6.2 経過措置・キャッチアップ接種の「期限」の効果的な伝達

帯状疱疹ワクチンの経過措置・HPVワクチンのキャッチアップ接種のような時限的な制度については、レポート42で詳述した受診行動の心理プロセスを踏まえ、期限が迫っていることを適切なタイミングで、かつ過度な焦燥感を煽らない形で伝えるリマインド設計(レポート28で詳述したLINE等の活用)が有効である。

6.3 ライフコースアプローチに基づくコンテンツ体系の構築

個別のワクチンごとに独立したコンテンツを作るのではなく、「乳幼児期」「学童期」「成人期」「高齢期」というライフステージ軸でワクチン情報を体系化し、読者が自身の人生の段階に応じて必要な情報に自然にアクセスできる設計が、WHOのライフコースアプローチの理念を実践する具体的な方法となる。


7. まとめ

日本の予防接種制度は、A類疾病・B類疾病、定期接種・任意接種という複数の分類軸が交差する、極めて複雑な構造を持っている。この複雑さは、努力義務・接種勧奨の有無、費用負担、そして健康被害が生じた際の救済制度という、実質的な違いを伴うがゆえに、単純化して説明することも難しい。

新型コロナワクチンの臨時接種から定期接種への移行、帯状疱疹ワクチンの5年間の経過措置、HPVワクチンのキャッチアップ接種の期限といった、近年相次いだ制度変更は、一般の人々にとって予防接種情報を正確に把握し続けることを、さらに困難なものにしている。

こうした課題への一つの解答が、WHOが提唱する「ライフコースアプローチ」——制度区分ではなく、人生の各段階に応じて必要なワクチンを体系的に捉える視点——である。Know VPD!・国立健康危機管理研究機構といった信頼できる情報源が果たす役割を踏まえながら、製薬企業・自治体・医療機関が、「制度の説明」ではなく「あなたの人生にとって今必要なこと」という受け手起点の情報設計へと転換していくことが、予防接種情報を真に公衆に届けるための鍵となる。


参考情報・出典

  • 厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部予防接種課「令和7年度予防接種基礎講座資料」「令和6年度予防接種基礎講座資料」

  • 特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)「Reshaping Japan's Immunization Policy for Life Course Coverage and Vaccine Equity」政策提言書、2025年4月

  • Know VPD!(VPDを知って子供たちの命を守る会)「予防接種スケジュール」

  • 一般社団法人日本ワクチン産業協会「ワクチン類の取扱い」2025年

  • ワクチン.net(ワクチンネット)「定期接種と任意接種」

  • 厚生労働省「新型コロナワクチンQ&A」「新型コロナワクチンについて」

  • Pfizer Vaccines JP「新型コロナウイルス感染症|ワクチンで予防できる疾患」

  • 国立健康危機管理研究機構(JIHS)「予防接種情報|感染症情報提供サイト」


本レポートは公開情報・行政情報に基づき作成した調査レポートであり、個別の接種の判断を目的とするものではありません。予防接種のスケジュール・対象者・費用等については、最新の情報を厚生労働省・お住まいの市区町村・かかりつけ医にご確認ください。

関連プロジェクト:予防接種啓発プロジェクト

お問い合わせはこちら

一覧ページに戻る

一覧ページに戻る

keyboard_arrow_right