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医療機関のコミュニケーション設計  共同意思決定(SDM)・ティーチバック・院内コミュニケーション基盤の実践的解説

2026/6/17 09:17

医療機関のコミュニケーション設計  共同意思決定(SDM)・ティーチバック・院内コミュニケーション基盤の実践的解説

医療機関のコミュニケーション設計

共同意思決定(SDM)・ティーチバック・院内コミュニケーション基盤の実践的解説

日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:医療コミュニケーション支援プロジェクト


1. はじめに――「説明した」と「伝わった」の間にある距離

医療機関におけるコミュニケーションは、患者への診療説明という単一の場面に留まらない、多層的な構造を持つ営みである。医師から患者への説明・医療スタッフ間の情報共有・診療科を超えた連携・組織全体での患者対応方針の統一——これらすべてが、患者の治療成果・満足度・医療安全に直接的な影響を与える。

「医療現場では、コミュニケーションが患者の治療成果に大きく影響する」(医療系メディア解説)という指摘は、コミュニケーションが単なる「サービスの質」の問題ではなく、臨床的アウトカムを左右する医学的に重要な要素であることを示している。一方で、「コミュニケーションは『業務』という壁によって分断され、職員間の不満や隔たりが少しずつ広がっている」(カカリンク・コネクト解説)という現状も指摘されており、医療の複雑化・生産労働人口の減少・2024年の医師の働き方改革という構造変化が、現場の業務量増加と役割分担の細分化を加速させ、コミュニケーションの分断という新たな課題を生んでいる。

本レポートでは、医療機関のコミュニケーション設計を、①医師-患者間の意思決定プロセス(共同意思決定:SDM)、②患者の理解度を確認する実践的手法(ティーチバック)、③医療スタッフ間の組織的コミュニケーション基盤という3つの層に分けて整理し、医師・医療従事者・医療機関経営者・製薬企業担当者が活用できる形で詳述する。


2. 治療方針決定における3つのアプローチ

2.1 パターナリズムからSDMへの歴史的変遷

医療における治療方針決定のアプローチは、歴史的に大きく変遷してきた。医学界新聞の解説(2021年)では、「医療者が治療方針を決定する際の代表的なアプローチであるパターナリズム、インフォームド・コンセント、SDM」という3つのモデルが整理されている。

パターナリズム・モデル:古典的なこのモデルにおいては、医師から患者に伝えられるのは「医学情報」であり、検討するのは「医師」、最終決定も「医師」となる(Beyond Health「シェアード・ディシジョン・メイキング」解説)。患者には検討や最終決定の余地がなく、ほとんど受け身の状態になる。日本では長らくこの文化が支配的であった(小野薬品工業患者サポートサイト解説)。この場合、検討や最終決定に患者やその家族が関与せず、患者らの価値観や生活があまり踏まえられないため、結果に対して不満が残ったり、治療後の生活に支障を来したりしやすい側面があった。

インフォームド・コンセント(説明と同意):医療従事者が医学的根拠をわかりやすく患者に伝え、患者がそれに同意するという形のアプローチ。パターナリズムよりも患者の自己決定権を重視するが、最終的な決定の主体は依然として患者個人に委ねられる側面が強い。

SDM(Shared Decision Making:共同意思決定):これまでの反省を踏まえて行き着いた先にあるアプローチであり、医療者は医学的情報と助言を伝え、患者は価値観や生活などの個人的・社会的な情報を伝えるという、双方向的な話し合いを行う。検討は医師だけ・患者だけで行うのではなく、医師と患者や家族が一緒に行い、最終決定も双方が参加して行う(Beyond Health解説)。

2.2 SDMが適する場面

国立長寿医療研究センターの解説によれば、「何をしたらもっともよい医療の結果を期待できるかが不確実な状況(治療方法が確立していない・選択肢が複数ある等)」において、SDMの出番となる。一方、治療法が確立しており選択の余地が少ない状況では、従来型のインフォームド・コンセントが適している場合もあり、SDMはすべての診療場面に画一的に適用されるものではなく、不確実性の高い意思決定状況において特に価値を発揮するアプローチである。

医療場面における共有意思決定は、「医療従事者が医科学的な根拠をわかりやすく患者さんに伝えるだけでなく、患者さんはご自身の好みを臨床実践者に伝え、それぞれのメリットやデメリットを共有しながら、方針を決めていく」プロセスであり、医療従事者だけでなく患者も含めた医療・介護チーム全体で進めていく(国立長寿医療研究センター解説)。

2.3 SDMの実践的プロセス

がん患者支援サイト(小野薬品工業)の解説では、SDMの実践プロセスが具体的に整理されている。まず、医療者は患者に治療のすべての選択肢に関する「情報」を伝える。この時に重要なのは、それぞれの治療の「益と害」、さらに可能であれば「コスト」を加えた3点について、できるだけわかりやすい形で共有することである。

次に、患者は生活の中で楽しいことは何か、自分が大事にしていることは何か、病気の中でも心が落ち着くことはどんなことか、仕事や家族に対しての思いや未来の自分の生活に対する希望など、個人の価値観に関する情報を医療者に伝え、共有する。

最終的に「最後に共有されるものは『責任』である。責任を共有するということは、その方法に決めたことに後悔をしない、後悔をしないくらい納得できるまで悩むということ」(同解説)とされ、「SDMは『どうして良いかわからない時は、相談して、協力して、一緒に悩んで、決めよう』という、新しい医療の姿を示すもの」と位置づけられている。

2.4 患者の意思決定スタイルの多様性

同解説では、意思決定における患者のタイプは概ね3つに分かれ、それぞれ同じくらいの割合で存在しているとされる。「自分で最終決定をしたい」「医師の意見を考慮した上で自分で最終決定をしたい」というタイプに加え、「医師に決定を委ねたい」というタイプも一定割合存在する。この多様性を理解することは、SDMを画一的なプロセスとして強制するのではなく、患者個々の意思決定スタイルに応じて柔軟に運用することの重要性を示している。

2.5 小児患者における「インフォームド・アセント」

子どもの患者の場合は自分の意思が確立していないことも多く、SDMの実践が難しいケースがある。実際には保護者とコミュニケーションを取りながら進めていくしかないことが多いが、「子どもだからといって説明が必要ないわけではない」(Doctor's VISION解説)。子どもに対してわかりやすく説明し、本人が納得し同意して治療に臨むことができるようにするプロセスを「インフォームド・アセント」と呼ぶ。これは最新の医師国家試験出題基準(令和6年版)に掲載された知識であり、「患者が持つ権利の一つ」として医師が知っておくべき重要な概念とされている。

2.6 日本における学術的動向

群馬大学大学院による解説では、医学中央雑誌(医中誌WEB)で「共同意思決定」「共有意思決定」「協働意思決定」「SDM」「意思決定」をキーワードに検索した結果、2005年1月〜2020年11月の領域別の論文・会議録件数が年次推移として示されており、日本国内でのSDMに関する学術的関心が継続的に高まっていることが確認できる。EBM(Evidence-Based Medicine:科学的知見に基づく医療)において「患者さん中心の視点を欠かすことができない」(医学界新聞解説)とされ、「SDMを伴わないEBMは医療者による患者さんへの押し付けになると言える」という指摘は、現代医療におけるSDMの重要性を端的に示している。


3. 患者の理解度を確認する実践的手法――ティーチバック

3.1 ティーチバックとは

医療従事者がいかに丁寧にわかりやすい説明を行ったとしても、患者が実際にその内容を正確に理解しているかどうかは別の問題である。「医療者が『わかりましたか』『質問はありますか』などと尋ねた時、患者さんは十分理解できていなくても『はい』『ありません』と答えがち」(Doctor's VISION解説)という現実は、表面的な確認では真の理解度を把握できないことを示している。

この課題に対する実践的な解決策が「ティーチバック」である。ティーチバックとは、医療者が説明した内容を、患者本人の言葉で説明してもらう手法である。具体的には「私の説明が適切であったか確認したいので、もう一度あなたの言葉で説明していただけますか?」といった尋ね方によって、患者の理解度を確認する(同解説)。

3.2 ティーチバックの臨床的意義

ティーチバックの優れている点は、「理解できていますか」という質問の責任を患者に負わせるのではなく、「私の説明が適切だったか確認したい」という形で責任を医療者側に置く点である。この言い回しの工夫により、患者は「わからないと言いにくい」という心理的障壁を感じることなく、自分の理解した内容をそのまま話すことができる。

この手法は、レポート12「高齢者に届ける健康啓発の設計」で詳述したヘルスリテラシーの格差・高齢者特有の理解度確認の困難さに対する実務的な解決策でもある。特に複雑な治療方針・服薬指導・生活指導といった、誤解が生じやすい場面において、ティーチバックは患者の安全な治療継続を支える重要な技術である。

3.3 ディシジョン・トークとの組み合わせ

ティーチバックと併せて活用される手法として「ディシジョン・トーク」がある。これは「患者さんの希望や意向を明確にする」(Doctor's VISION解説)ための対話手法であり、SDMにおける患者の価値観の聴取と組み合わせて用いられる。ティーチバックが「伝えた情報の理解度確認」を担い、ディシジョン・トークが「患者の意向の明確化」を担うという、相互補完的な機能を持つ。


4. 医療スタッフ間の組織的コミュニケーション基盤

4.1 院内コミュニケーション分断の構造的要因

医療機関のコミュニケーション課題は、患者対応の場面だけでなく、職員同士の情報共有という組織内部の問題としても重要である。前述のカカリンク・コネクト解説が示すように、「医療の複雑化、生産労働人口の減少、2020年の新型コロナウイルス感染拡大、そして2024年医師の働き方改革」という複数の構造変化が、現場の業務量増加と役割分担の細分化を加速させ、コミュニケーションが「業務」という壁によって分断される事態を引き起こしている。

「コミュニケーションの分断は、職員エンゲージメントの低下を引き起こし、最終的には離職という形で表面化する」(同解説)という指摘は、日本病院機能評価の職員満足度調査データにおいても、「コミュニケーションエラーは離職の主要因の一つ」として挙げられていることと一致している。

4.2 コミュニケーション不足が引き起こす問題

医療現場でコミュニケーションが不足した場合に生じる問題として、以下が挙げられる(医療系メディア解説)。

患者情報共有の不全:誤った情報の共有・情報の欠落は、医療安全における重大なリスクとなる。

診療・処置内容の共有不全:複数の医療従事者が同一患者に関与する現代医療において、処置内容の正確な共有が欠けると、重複した検査・矛盾した指示・治療の遅延が生じうる。

スタッフ間連携の低下:コミュニケーション能力の向上は、誤った情報の共有を防ぐだけでなく、スタッフ間での問い合わせを減らすなど、業務効率の改善にも効果を発揮する(同解説)。

4.3 患者との信頼関係構築における情報共有の役割

「患者との信頼関係を保っているのは、適切な情報共有による信頼性である。診察内容や処置内容について丁寧に解説することは、患者にとっての安心感に繋がり、医師や看護師への信頼を高める」(医療系メディア解説)という指摘は、対患者コミュニケーションと院内コミュニケーションが密接に連動していることを示している。院内の情報共有が円滑であれば、患者に対しても一貫性のある正確な説明が可能になり、逆に院内の情報共有が不全であれば、患者対応にも矛盾や遅延が生じやすくなる。

4.4 医療現場向けコミュニケーションプラットフォームの役割

近年、院内の医療情報を共有するための専用コミュニケーションプラットフォームが普及しつつある。これらのツールは「職員同士の円滑な情報共有を支え、安心して働ける環境づくりを通じて、医療の質向上をサポートする」(カカリンク・コネクト解説)ことを目的としており、レポート15で詳述したWeb問診・予約システムとは異なる、院内向けの情報基盤として位置づけられる。

このようなプラットフォームの導入は、職員エンゲージメントの維持・離職防止という人事管理上の課題と、患者対応の質向上という臨床上の課題を同時に解決するアプローチとして注目されている。


5. アレルギー疾患領域におけるSDM・ティーチバックの応用

5.1 アレルゲン免疫療法における意思決定の重要性

レポート5で詳述した舌下免疫療法(SLIT)は、3〜5年という長期間の継続治療を必要とし、患者の生活への組み込み(毎日の服薬継続)が治療成功の鍵となる。このような長期治療の選択においては、SDMのアプローチが特に有効である。

医療者は舌下免疫療法の「益(長期的な症状改善・根治的効果)」「害(初期の副反応・治療期間中の通院負担)」「コスト(薄利定額の費用負担)」を明確に伝え、患者は自身の生活スタイル(毎日の服薬を継続できる環境か)・治療への期待(対症療法で十分か、根治を目指したいか)を共有することで、患者にとって最も適した治療選択が可能になる。

5.2 生物学的製剤導入における共同意思決定

レポート7・8で詳述したアトピー性皮膚炎・喘息における生物学的製剤の導入は、高額な医療費・自己注射という負担・効果の個人差という複数の不確実性を伴う重要な意思決定である。「全身療法は中等症以上の多くの患者に対して推奨されており、決してしきいの高いもの・最後の切り札ではない」(アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024、レポート7引用)という方針転換は、こうした治療選択における医師-患者間の対話の重要性を一層高めている。

5.3 アレルギー治療における服薬指導とティーチバック

アレルギー疾患の治療において、複数の薬剤(抗ヒスタミン薬・鼻噴霧用ステロイド・吸入薬等)を組み合わせる場合、患者が正確な使用方法を理解しているかの確認は治療効果に直結する。特に吸入デバイスの使用方法(レポート8で詳述)については、口頭説明だけでなく、患者に実際の吸入動作を再現してもらう「動作によるティーチバック」が有効である。


6. 製薬企業・医療機器企業担当者への含意

6.1 SDM支援ツールの開発

製薬企業が、特定の疾患領域(アレルギー疾患・生物学的製剤導入時等)におけるSDM支援ツール(治療選択肢の比較表・患者の価値観を整理するためのワークシート)を開発・提供することは、医師の診療効率と患者の意思決定の質を同時に向上させる取り組みとなる。特に「益・害・コスト」を整理した分かりやすい資材は、SDMの実践における重要な補助ツールとなる。

6.2 医療従事者向けコミュニケーション研修への貢献

ティーチバック・ディシジョン・トークといった実践的なコミュニケーション技術は、医学教育のカリキュラムに必ずしも十分に組み込まれていない場合がある。製薬企業・医療機器企業が、医療従事者向けの研修プログラム・eラーニングコンテンツの一部としてこれらの技術を紹介することは、医療現場のコミュニケーション能力向上に資する社会的価値の高い活動である。

6.3 患者向け説明資材におけるSDM視点の組み込み

患者向けの疾患・治療説明資材を作成する際、単に医学的事実を伝えるだけでなく、「この治療を選ぶことで、あなたの生活にどのような影響があるか」「他の選択肢と比較した場合のメリット・デメリットは何か」という、SDMの視点を組み込んだ資材設計が、患者の主体的な治療選択を支援する。


7. まとめ

医療機関のコミュニケーション設計は、医師-患者間の意思決定プロセス(SDM)・患者の理解度確認手法(ティーチバック)・組織内の情報共有基盤という3層構造で捉えることができる。

パターナリズムからインフォームド・コンセント、そしてSDMへという歴史的変遷は、「医師が決める医療」から「患者と医師が共に決める医療」へという根本的な価値観の転換を示している。SDMは特に治療方法が確立していない・選択肢が複数ある不確実な状況において、その価値を最大限に発揮する。

ティーチバックという実践的手法は、「説明した」という医療者の認識と「理解できた」という患者の実態のギャップを埋める重要な技術であり、特にヘルスリテラシーに課題を抱える患者層において、医療安全と治療継続を支える基盤となる。

院内のコミュニケーション基盤整備は、患者対応の質と職員のエンゲージメント・離職防止という2つの課題に同時に対応する重要な経営課題である。「業務という壁によって分断される」コミュニケーションを再統合する組織的な取り組みが、これからの医療機関経営において一層重要性を増していくだろう。

患者中心の医療を実現するためには、これら3層のコミュニケーション設計を統合的に捉え、医師個人の対話スキルの向上だけでなく、組織全体としてのコミュニケーション文化の醸成に取り組むことが求められる。


参考情報・出典

  • Beyond Health(日経BP)「シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)」

  • 小野薬品工業 患者サポートサイト「患者さんと医療者がともに決める医療、SDM(Shared Decision Making)」

  • 医学界新聞(医学書院)「患者さんの意思決定をSDMで支援する」2021年

  • 国立長寿医療研究センター「医療や介護の方針を一緒に決める『共有意思決定』とは?」

  • 群馬大学大学院医学系研究科医療の質・安全学講座「治療法決定に参加する-インフォームド・コンセントからSDMに-」小松康宏 日腎会誌2021;63:165-170

  • Doctor's VISION「SDM(共同意思決定)とは?患者と医師が協力する医療の在り方」2023年9月27日

  • 医師国家試験出題基準(令和6年版)

  • カカリンク「カカリンク・コネクト~医療現場のためのコミュニケーション・プラットフォーム」(日本病院機能評価職員満足度調査データ引用)

  • 医療系メディア解説「医療現場でのコミュニケーションで大切なこと!重要性と向上方法とは?」


本レポートは公開情報・学術文献に基づき作成した調査レポートであり、個別の診断・治療判断を目的とするものではありません。臨床的判断については、最新のガイドラインおよび専門医の判断に基づいて行ってください。

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