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症状検索から受診行動までの心理プロセス ヘルスビリーフモデルと受療行動調査データで読み解く「受診の遅れ」の構造
2026/7/1 08:46
症状検索から受診行動までの心理プロセス ヘルスビリーフモデルと受療行動調査データで読み解く「受診の遅れ」の構造
症状検索から受診行動までの心理プロセス
ヘルスビリーフモデルと受療行動調査データで読み解く「受診の遅れ」の構造
日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:患者インサイト・受診行動研究プロジェクト
- 症状検索から受診行動までの心理プロセス
- ヘルスビリーフモデルと受療行動調査データで読み解く「受診の遅れ」の構造
- 1. はじめに――「探した」ことと「行く」ことの間にある溝
- 2. 受療行動調査が示す「受診までの期間」の実態
- 2.1 調査の性格
- 2.2 「1週間〜1か月未満」が最多という実態
- 2.3 調査項目の継続性
- 3. ヘルスビリーフモデルという理論的枠組み
- 3.1 モデルの基本構造
- 3.2 「人々の受診行動の分析から生まれた考え方」という起源
- 3.3 「罹患性・重大性・有益性・障害性」という4つの認知
- 4. 疾患啓発コンテンツが果たしうる役割
- 4.1 「重大性の認知」を適切に伝えるという課題
- 4.2 「メリットとデメリットのバランス」への働きかけ
- 4.3 罹患性認知を高める「自分ごと化」の重要性
- 5. 受診遅延がもたらす社会的コストという視点
- 5.1 「1週間〜1か月」という空白期間の意味
- 5.2 高齢者における受診行動の特性
- 6. アレルギー疾患・睡眠医療領域における実践的示唆
- 6.1 花粉症における「我慢してからの受診」という典型例
- 6.2 SASにおける「他者からの指摘」という外部要因
- 7. 製薬企業・医療機器企業担当者への含意
- 7.1 コンテンツ設計におけるヘルスビリーフモデルの活用
- 7.2 受診遅延の実態データを踏まえたキャンペーン設計
- 8. まとめ
- 参考情報・出典
1. はじめに――「探した」ことと「行く」ことの間にある溝
レポート41で詳述した患者のクリニック選定行動は、「受診を決めた後、どのクリニックを選ぶか」というプロセスを扱った。しかし、その手前には、より根本的で、しばしば見過ごされる問いがある。それは「なぜ人は症状に気づいてから、実際に受診するまでに時間がかかるのか」という問いである。
レポート40で詳述した症状検索エンジンのような「気になる症状を調べる」行動と、実際に医療機関を予約し、足を運ぶという「受診する」行動の間には、しばしば大きな心理的な溝が存在する。症状を検索しても、多くの人はすぐには受診に至らない。何日も、時には何週間も、症状を抱えたまま様子を見続ける。
本レポートでは、この「症状に気づいてから受診するまで」の心理プロセスを、厚生労働省「受療行動調査」の実測データと、健康行動理論として確立されている「ヘルスビリーフモデル」という枠組みを用いて解き明かし、疾患啓発コンテンツ・医療機関の情報発信がこの心理プロセスにどう働きかけるべきかを、製薬企業・医療機器企業・医療機関のマーケティング担当者が活用できる形で詳述する。
2. 受療行動調査が示す「受診までの期間」の実態
2.1 調査の性格
厚生労働省「受療行動調査」は、「全国の医療施設を利用する患者について、受療の状況や受けた医療に対する満足度等を調査することにより、患者の医療に対する認識や行動を明らかにし、今後の医療行政の基礎資料を得ることを目的」として、3年周期で実施される公的統計調査である(厚生労働省解説)。平成8年(1996年)10月の第1回調査以来、継続的に実施されている、長期的な傾向を把握できる貴重なデータソースである。
2.2 「1週間〜1か月未満」が最多という実態
令和5年(2023年)受療行動調査の概況では、外来患者のうち「自覚症状があった」患者について、「自覚症状が生じた時から最初の受診までの期間」が調査されている。その結果、「『1週間〜1か月未満』が19.9%と最も多く、次いで、『1〜3日』が15.0%となっている」という重要なデータが示されている。
このデータは、症状に気づいてから受診するまでの期間が、決して即座ではなく、多くの患者にとって「1週間から1か月」という、相当な期間を要していることを示している。この事実は、レポート16で詳述した花粉症の初期療法のように、早期の受診・治療開始が重要な疾患領域において、極めて重要な示唆を持つ。症状が出てから患者が実際に受診するまでの「空白の期間」に、何が患者の中で起きているのかを理解することが、この空白を短縮するための鍵となる。
2.3 調査項目の継続性
同調査では、「ふだん医療機関にかかる時の情報の入手先」「予約の状況、診察等までの待ち時間、診察時間」「最初の受診場所」「自覚症状の有無、自覚症状はなかったが受診した理由、受診までの期間」「医師からの説明の有無、説明の程度」といった項目が、継続的に調査されている。これらの項目は、令和2年(2020年)調査・平成26年(2014年)調査においても同様の構成で実施されており、経年での比較分析が可能な設計となっている。
3. ヘルスビリーフモデルという理論的枠組み
3.1 モデルの基本構造
「受診までの期間」という実態データの背後にある心理メカニズムを理解する上で、健康行動理論として確立されている「ヘルスビリーフモデル」(保健信念モデル)が、有力な理論的枠組みを提供する。厚生労働省が運営する「e-ヘルスネット」の解説では、ヘルスビリーフモデルについて「人が健康によい行動を行う可能性を高める主な要因として」以下の2つを挙げている。
(1)脅威の認識:「このままでは『まずい』という危機感を感じることで、そのような危機感を感じるには以下の『可能性』と『重大さ』の両方を認識する必要があります。可能性の認識:このままだと、自分が病気や合併症になる可能性が高いと感じること。重大さの認識:自分が病気や合併症になったとしたら、その結果が重大であると感じること(健康面・経済面・社会面などで)」。
(2)メリットとデメリットのバランス:「健康によい行動を行うことのメリットと、その行動を行うことのデメリット(コストや妨げ)をはかりにかけた時に、メリットの方が自分にとって大きいと感じること」。
このモデルの重要な含意は、「症状がある」という事実だけでは、人は受診という行動を起こさないという点である。「この症状は放っておくとまずいことになるかもしれない」という危機感(脅威の認識)と、「受診することの負担(時間・費用・待ち時間等)よりも、受診することで得られる安心・改善のほうが大きい」という損得の判断(メリット・デメリットのバランス)の、両方が揃って初めて、受診という行動に至る。
3.2 「人々の受診行動の分析から生まれた考え方」という起源
看護用語辞典(照林社『おさえておきたい看護用語』引用)の解説では、ヘルスビリーフモデルについて「人がある保健行動を行うのは、その病気にかかることの罹患性、病気になることの重大性についての知覚(信念)に基づくという、健康行動を分析するモデル。人々の受診行動の分析から生まれた考え方」と説明されている。つまり、このモデルはもともと「なぜ人は受診をためらうのか・受診に至るのか」という問いへの答えとして生まれた、まさに本レポートのテーマに直結する理論的基盤である。
3.3 「罹患性・重大性・有益性・障害性」という4つの認知
より詳細な整理として、SGS総合栄養学院の解説では、ヘルスビリーフモデルにおける4つの認知要素——「罹患性/重大性/有益性/障害性」——が示されている。「罹患性の認知とは、『病気に罹ってしまうかもしれない』という感情を抱くこと」であり、これに「重大性の認知」(罹患した場合の結果の深刻さ)が加わることで、初めて行動変容へのモチベーションが生まれるとされる。
ヘルスリテラシーに関する解説サイト(healthliteracy.jp)では、この罹患性の認知について「家族がなったからとか、自分が太っているからとか、何らかの思い当たる要因があるとより高くなる」という具体例が示されており、身近な人の罹患経験・自身のリスク因子の自覚が、受診への動機づけを高めることが示唆されている。
4. 疾患啓発コンテンツが果たしうる役割
4.1 「重大性の認知」を適切に伝えるという課題
ヘルスビリーフモデルの観点から見ると、疾患啓発コンテンツの重要な役割の一つは、「この症状を放置すると、どのような重大な結果につながりうるか」という重大性の認知を、読者に適切に伝えることである。
レポート8で詳述した喘息における「軽症・中等症でも喘息死が起きる」という事実、レポート1で詳述したSASにおける心血管疾患リスクの上昇といった情報は、まさにこの「重大性の認知」を形成する上で重要な役割を果たす。ただし、レポート37で詳述した規制——「医療用医薬品による治療以外に治療の手段がないかのように誤認させること」の禁止——を踏まえ、いたずらに不安を煽るのではなく、正確な医学的事実に基づいた情報提供が求められる点に留意が必要である。
4.2 「メリットとデメリットのバランス」への働きかけ
もう一つの重要な役割は、受診の「デメリット(コストや妨げ)」を軽減する情報提供である。レポート15で詳述したオンライン診療・レポート13で詳述したオンライン相談しやすい症状のような選択肢の提示は、「受診のハードル(時間的コスト・心理的抵抗)」というデメリットを引き下げることで、ヘルスビリーフモデルにおけるメリット・デメリットのバランスを、受診行動を促す方向へ傾ける実践的な施策である。
4.3 罹患性認知を高める「自分ごと化」の重要性
前述のヘルスビリーフモデルの解説が示すように、罹患性の認知は「自分が太っているからとか、何らかの思い当たる要因がある」場合に高まる。レポート26で詳述したOPQRST・SAMPLE法のような体系的な症状チェックリストを、疾患啓発コンテンツ内にセルフチェック形式で組み込むことは、読者が「これは自分に当てはまるかもしれない」という罹患性の認知を形成する上で、有効な手法となりうる。
5. 受診遅延がもたらす社会的コストという視点
5.1 「1週間〜1か月」という空白期間の意味
前述の受療行動調査データが示す「1週間〜1か月未満」という受診までの最頻値は、疾患によっては看過できない遅延を意味する。レポート9で詳述した帯状疱疹の早期症状のように、発症後72時間以内の抗ウイルス薬投与開始が治療効果に直結する疾患においては、「1週間〜1か月」という一般的な受診の遅れは、治療機会の逸失に直結しうる。
5.2 高齢者における受診行動の特性
レポート12で詳述した高齢者のヘルスリテラシーを踏まえると、高齢者層においては、症状の重大性を正しく認識できないことに加え、受診の「デメリット」(通院の身体的負担、付き添いの必要性等)が相対的に大きく感じられる可能性があり、ヘルスビリーフモデルの両要素——脅威の認識とメリット・デメリットのバランス——の双方において、受診行動が抑制されやすい構造にあると考えられる。
6. アレルギー疾患・睡眠医療領域における実践的示唆
6.1 花粉症における「我慢してからの受診」という典型例
レポート16で詳述した花粉症の受診タイミングは、まさにヘルスビリーフモデルが説明する構造の典型例である。花粉症の症状(鼻水・くしゃみ)は、多くの人にとって「重大性の認知」が低く(生命に関わらない、日常生活を送れないほどではない)、市販薬というセルフケアの選択肢が容易に手に入るため、「受診しない」という選択が長期間継続しやすい。初期療法の効果を伝える疾患啓発コンテンツは、「早期に治療を始めることで、シーズン中の症状が大きく軽減される」という、受診の「メリット」を具体的に伝えることで、この均衡を変化させる役割を担う。
6.2 SASにおける「他者からの指摘」という外部要因
レポート1で詳述したSASは、患者本人が自身の症状(いびき・無呼吸)に気づきにくいという特性から、レポート41で詳述した「家族に聞く」という情報源の重要性とも関連し、家族からの指摘が「罹患性の認知」を形成する重要なトリガーとなる。この構造を踏まえると、SAS領域の疾患啓発コンテンツは、患者本人だけでなく、家族・同居者に向けた情報提供(「家族のいびきに気づいたら」という切り口)も、有効なアプローチとなりうる。
7. 製薬企業・医療機器企業担当者への含意
7.1 コンテンツ設計におけるヘルスビリーフモデルの活用
疾患啓発コンテンツを設計する際、単に疾患の医学的情報を羅列するのではなく、ヘルスビリーフモデルの4要素(罹患性・重大性・有益性・障害性の認知)を意識した構成——「これはあなたに当てはまるかもしれない(罹患性)」「放置するとこうなる可能性がある(重大性)」「受診すればこう改善する(有益性)」「受診の負担はこれだけ軽減できる(障害性の低減)」——を組み込むことが、レポート40で詳述した症状起点のコンテンツ設計をさらに深化させる視点となる。
7.2 受診遅延の実態データを踏まえたキャンペーン設計
受療行動調査が示す「1週間〜1か月」という一般的な受診遅延の実態を踏まえ、季節性疾患(花粉症等)のキャンペーンにおいては、症状出現の予測時期よりも十分に早いタイミングでの疾患啓発コンテンツの展開が、実際の受診行動につながる現実的なリードタイムの確保に寄与する。
8. まとめ
症状に気づいてから実際に受診するまでには、多くの患者にとって「1週間〜1か月」という、決して短くない心理的な空白期間が存在する。この空白は単なる「先延ばし」ではなく、ヘルスビリーフモデルが示すように、「この症状を放置するとまずいという危機感(脅威の認識)」と「受診することのメリットがデメリットを上回るという判断」という、2つの心理的条件が揃うまでの、合理的とも言える判断プロセスの結果である。
疾患啓発コンテンツ・医療機関の情報発信が果たすべき役割は、この心理プロセスに正確に働きかけることにある。すなわち、正確な医学的事実に基づいた重大性の伝達、そしてオンライン診療等の選択肢提示による受診の障壁(デメリット)の軽減という、両輪のアプローチである。レポート41で詳述したクリニックの選び方がその先の意思決定プロセスを扱うのに対し、本レポートで論じた「症状に気づいてから受診を決断するまで」という、より根源的で見過ごされがちな心理プロセスへの理解こそが、疾患啓発活動の効果を最大化する出発点である。
参考情報・出典
厚生労働省「令和5(2023)年受療行動調査(概数)の概況」(自覚症状が生じてから最初の受診までの期間データ)
厚生労働省「受療行動調査(一般統計)」調査概要(平成8年10月第1回実施、3年周期)
厚生労働省「令和2(2020)年受療行動調査(確定数)の概況」
厚生労働省「平成26年受療行動調査(概数)の概況」
厚生労働省 e-ヘルスネット「ヘルスビリーフモデル」(脅威の認識・メリットとデメリットのバランス)
マイナビ看護師「ヘルスビリーフモデル」(照林社『おさえておきたい看護用語』引用、受診行動分析の起源)
SGS総合栄養学院「【教育】ヘルスビリーフモデル」(罹患性・重大性・有益性・障害性の4認知)
healthliteracy.jp「健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける」(ヘルスビリーフモデルの適用領域)
政府統計の総合窓口 e-Stat「受療行動調査」ファイル一覧
本レポートは公開情報・行政統計・学術理論に基づき作成した調査レポートであり、個別の診断・治療判断を目的とするものではありません。症状にお気づきの場合は、自己判断で様子を見続けず、早めに医療機関にご相談ください。
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