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活動報告
地域における感染症予防の集団的アプローチ 百日咳の過去最大流行とマクロライド耐性菌が示す集団免疫低下のリスク
JMWO-RR-0052
最終更新日 2026/7/1
地域における感染症予防の集団的アプローチ 百日咳の過去最大流行とマクロライド耐性菌が示す集団免疫低下のリスク
地域における感染症予防の集団的アプローチ
百日咳の過去最大流行とマクロライド耐性菌が示す集団免疫低下のリスク
日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:予防接種啓発プロジェクト
- 地域における感染症予防の集団的アプローチ
- 百日咳の過去最大流行とマクロライド耐性菌が示す集団免疫低下のリスク
- 1. はじめに――個人の接種行動が、地域社会の免疫を左右する
- 2. 百日咳の過去最大流行という現実
- 2.1 統計開始以来の異常な増加
- 2.2 COVID-19対策の副次的効果と反動
- 2.3 年齢層の変化という新たな特徴
- 3. マクロライド耐性菌という新たな脅威
- 3.1 治療薬が効かない百日咳菌の出現
- 3.2 生後1カ月の乳児死亡例という深刻な帰結
- 4. 「感染源は主に大人」という構造の重要性
- 4.1 家庭内感染という主要な感染経路
- 4.2 ワクチン効果の減弱という盲点
- 4.3 成人用ワクチンという未承認の選択肢
- 5. 麻疹という並行する脅威
- 5.1 輸入例増加という国際的な文脈
- 5.2 「2回接種」という予防の鍵
- 6. 学校保健安全法という集団生活の枠組み
- 6.1 出席停止という制度的な集団防護策
- 6.2 施設職員への配慮という周到な設計
- 7. アレルギー疾患領域における接続
- 7.1 呼吸器疾患患者への感染症予防の重要性
- 7.2 咳嗽の鑑別診断における留意点
- 8. 製薬企業・医療機関・自治体担当者への含意
- 8.1 「大人の接種」という啓発の焦点
- 8.2 マクロライド耐性菌という新たな臨床課題への対応支援
- 8.3 集団生活施設との連携
- 9. まとめ
- 参考情報・出典
1. はじめに――個人の接種行動が、地域社会の免疫を左右する
レポート49〜51で詳述してきた予防接種は、いずれも個人の接種行動——制度の理解、接種への躊躇、高齢者の接種率——に焦点を当ててきた。本レポートは、プロジェクト13「予防接種啓発」の最終回として、視点を個人から地域社会へと引き上げ、「集団免疫」という概念、そして実際に日本で進行している百日咳の過去最大規模の流行という具体的な事例を通じて、個々人の接種行動が地域社会全体の感染症リスクにどう波及するかを詳述する。
2025年、日本では百日咳という、かつて「ワクチンで制御された疾患」とされてきた感染症が、統計開始以来最大規模の流行を記録した。国立健康危機管理研究機構(JIHS)の解説では、「2025年には第1〜44週の届出数が過去の年間届出数を大きく上回る84,911例に達した」とされ、これは「全数届出が開始された2018年第1週〜2025年第44週までの間に感染症発生動向調査に届出された百日咳患者は122,955例」という累計の中でも、突出した規模である。この流行の背景・要因・対応を通じて、集団的な感染症予防アプローチの重要性を、医療従事者・製薬企業・自治体関係者が活用できる形で詳述する。
2. 百日咳の過去最大流行という現実
2.1 統計開始以来の異常な増加
JIHSの詳細な解説では、この流行の推移が具体的な数値で示されている。「2018年,2019年には年間でそれぞれ12,118例,16,847例の届出があったが,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行した2020〜2023年は年間届出数が3,000例未満にとどまった。しかし,2024年の後半以降,百日咳の届出数は増加し」たとされる。
さらに詳細な週別データも示されている。「2025年第1〜21週に診断された百日咳の累積報告数(2025年5月28日現在)は22,351例であり,全数把握疾患としての報告が開始された2018年以降,同時期で最多を記録した」「2024年の年間報告数は4,096例であり,2025年は第21週までの累積報告数が昨年の年間報告数の5倍以上となっている」。さらに国立国際医療研究センターの解説では、「2025年は前年から顕著に増え,8万9,000件を超えています。これは全数報告が義務付けられた2018年以降で最大の流行です」という最終的な規模が示されている。
2.2 COVID-19対策の副次的効果と反動
この流行パターンの背景として、JIHSの解説は明確な因果関係を示している。「COVID-19に対する公衆衛生対策が緩和されて以降,日本を含む世界各国でインフルエンザ,RSウイルス感染症など呼吸器感染症や,麻しんといった飛沫,飛沫核感染によって伝播する感染症の流行が報告されている」。竹内内科小児科医院の解説でも、より直接的に「コロナ禍で百日咳への集団免疫が低下(感染予防で接触機会が減少)」という要因が指摘されている。
これは、COVID-19対策として実施されたマスク着用・行動制限が、副次的に他の感染症の流行も一時的に抑制した一方、その対策解除後、人々の免疫(自然感染による免疫を含む)が相対的に低下した状態で、感染症が急激にリバウンドするという、公衆衛生上の重要な教訓を示している。この現象は日本に限らず、「欧州連合(EU)/欧州経済領域(EEA)では,2023年には25,000例を超える百日咳の症例が……米国では2024年に報告された症例数は……2023年の同時期と比較して5倍以上」(JIHS解説)と、世界各国で共通して観察されている。
2.3 年齢層の変化という新たな特徴
JIHSの解説では、この流行における年齢層の変化も指摘されている。「年齢群別では,2024年,2025年は10代の患者が占める割合が大きく増加した」とされ、国立国際医療研究センターの解説でも「年齢別に見ると,10代が全体の約6割,次いで1〜9歳が2割,20歳以上は1割強でした」という具体的な内訳が示されている。JIHSの解説では、東アジア地域全体で「以前と比較してその感染者の年齢層が年長児に移行している」ことも指摘されており、韓国の事例として「済州特別自治区で2024年に報告された百日咳患者960例中832例(87%)が学生であり,適切に定期接種を受けていたものの割合が66.8%であった」という、興味深いデータも示されている。
3. マクロライド耐性菌という新たな脅威
3.1 治療薬が効かない百日咳菌の出現
今回の流行において、特に深刻な問題として指摘されているのが、抗菌薬耐性の問題である。IDWR(感染症発生動向調査週報)の解説では、「近年は治療の第一選択薬であるマクロライド系抗菌薬に耐性を示す百日咳菌(MRBP:macrolide-resistant B. pertussis)が日本を含む世界各国で問題となっている」とされ、「日本では2024年以降,東京都,大阪府,鳥取県,沖縄県からMRBPに感染した症例が報告されている」。
国立国際医療研究センターの解説では、より具体的な検出割合も示されている。「2025年に地方衛生研究所で実施された検査では,マクロライドに耐性となる変異株が約8割を占めていました」。これは、標準治療薬であるマクロライド系抗菌薬が、多くの百日咳症例において効果を発揮できない状況が生じていることを意味する、極めて重要な臨床上の課題である。
3.2 生後1カ月の乳児死亡例という深刻な帰結
IDWRの解説では、この耐性菌問題がもたらした最も深刻な帰結が報告されている。「2025年4月には,基礎疾患のない生後1カ月の女児がMRBP感染により呼吸不全,肺高血圧,腎不全を呈し亡くなった例が報告されている」。国立国際医療研究センターの解説でも、東京都立小児総合医療センターで発生した5例のMRBP症例の特徴として、「ワクチン未接種,兄弟姉妹間の感染,有効な治療開始の遅れによる遷延化といった問題が認められます」とされ、「重症化しやすいワクチン未接種の乳幼児では,抗菌薬を外すと命に関わる」という警鐘が鳴らされている。
この事例は、レポート49で詳述した予防接種制度の理解において、単に「個人が接種するかどうか」の問題を超え、周囲の大人・年長児の感染が、免疫を持たない乳児の生命に直結するという、集団免疫の重要性を痛切に示している。
4. 「感染源は主に大人」という構造の重要性
4.1 家庭内感染という主要な感染経路
JIHSの解説では、感染経路についての重要なデータが示されている。「2025年第1〜44週に届出された患者のうち,医師届出ガイドラインの基準を満たしたものは83,793例で,感染経路が把握された症例の大部分は,同胞(兄弟姉妹)や父親,母親との接触による家庭内感染であった」。
竹内内科小児科医院の解説では、この構造がより端的にまとめられている。「大人が無症状・軽症のまま子どもにうつす“家庭内感染”の増加……つまり、『子どもが最も被害を受ける一方で、感染源は主に大人』であるというのが現在の実態です」。国立国際医療研究センターの解説でも、「感染力は非常に強く,麻疹に匹敵するとされ,免疫のない家族内接触者における2次発病率は80%以上」という、極めて高い家庭内伝播率が示されている。
4.2 ワクチン効果の減弱という盲点
国立国際医療研究センターの解説では、大人が感染源となりやすい医学的背景も示されている。「百日せきワクチンの免疫効果は約4〜12年で減弱すると見積もられており,既接種者も感染することがあるが,症状は非典型的であることが多い」とされる。つまり、子どもの頃に接種した百日咳ワクチンの効果は、成人期には減弱しており、大人は「症状が軽い・非典型的」なまま感染していることに気づかず、周囲の乳幼児に感染を広げてしまうリスクを抱えている。
4.3 成人用ワクチンという未承認の選択肢
同解説では、この課題への海外の対応策も紹介されている。「海外では乳児の百日咳予防策の1つとして,妊婦を含む青年・成人への成人用3種混合ワクチン(Tdap:国内未承認)の接種が推奨されている」とされる。一方、「日本ではDPTを任意接種で使用することができる」という、国内での限定的な代替手段も示されている。竹内内科小児科医院の解説でも、「成人向けの三種混合ワクチン(百日咳・ジフテリア・破傷風)接種を積極的に呼びかけています。家庭内感染を防ぐには、大人の接種がカギになります」という、実地医療機関の取り組みが紹介されている。
このTdap(成人用ワクチン)の国内未承認という状況は、レポート49で詳述した「ワクチンギャップ」という歴史的課題が、百日咳という具体的な感染症領域において、依然として実際的なリスクとして存在していることを示している。
5. 麻疹という並行する脅威
5.1 輸入例増加という国際的な文脈
百日咳と並行して、麻疹についても懸念すべき動向が観察されている。JIHSの解説では、「世界では2023年以降,麻しんの報告数が増えており,海外から日本に麻しんウイルスが持ち込まれるリスクが高まっています。国内でも,2026年4月15日時点で299例の報告があり,前年同時期(2025年4月16日時点で78例)の約3.8倍に増加しています」とされている。
5.2 「2回接種」という予防の鍵
同解説では、麻疹予防における具体的な知見が示されている。「国内の患者は10-20代を中心にみられ……10-20代の患者では,2回のワクチン接種が済んでいない方や接種歴不明の方が約半数を占めていました。麻しん含有ワクチンを2回接種することは,発症や重症化のリスクを下げる最も重要な予防策です」とされる。
この「2回接種」という具体的な基準は、レポート38で詳述したプレインランゲージの観点からも、極めて明確で行動につながりやすいメッセージである。「母子健康手帳などで,ご自身やお子さんの麻しん含有ワクチンの接種歴をご確認ください。2回の接種記録が確認できない場合は,必要に応じて医療機関にご相談ください」という具体的な行動喚起は、レポート46で詳述したナッジ理論の観点からも、実行可能な小さな一歩として設計された、優れたメッセージ設計の例といえる。
6. 学校保健安全法という集団生活の枠組み
6.1 出席停止という制度的な集団防護策
Science Portal(科学技術の最新情報サイト)の解説では、百日咳の集団生活における制度的な対応が示されている。「日本では百日咳は『学校保健安全法』で第2種の感染症に指定されており,『特有の咳が消失するまで,または5日間の適正な抗菌薬療法が終了するまで出席停止』とされている」。
この出席停止制度は、感染者個人の治療にとどまらず、学校・保育園という集団生活の場における感染拡大を防ぐための、社会的な制度装置である。日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会が公表する「学校,幼稚園,認定こども園,保育所において予防すべき感染症の解説」(2025年4月改訂版)では、こうした集団生活施設における包括的な感染対策が体系化されている。
6.2 施設職員への配慮という周到な設計
同学会の解説では、単に子どもの出席停止だけでなく、施設職員への配慮も示されている。「集団生活施設では,職員が感染源となることがあるため,職員の体調管理に気を配る」とされ、さらに「風疹,水痘,伝染性紅斑など,胎児に影響をおよぼす感染症の流行期には,風しんワクチンや水痘ワクチン未接種かつ未罹患の妊娠している職員を休ませる配慮が望まれる」という、妊娠している職員への具体的な保護措置まで言及されている。
7. アレルギー疾患領域における接続
7.1 呼吸器疾患患者への感染症予防の重要性
レポート8で詳述した喘息を持つ患者は、百日咳・インフルエンザ等の呼吸器感染症に罹患した際、重症化リスクが高まる可能性がある。喘息患者・その家族への感染症予防の啓発(家族内の百日咳ワクチン接種状況の確認等)は、アレルギー科・呼吸器内科の日常診療において、付随的に取り組むべき重要な予防医療の一環である。
7.2 咳嗽の鑑別診断における留意点
百日咳の特徴的な症状(長期間続く発作性の咳)は、レポート8で詳述した喘息の症状とも紛らわしい場合がある。今回の百日咳の異常流行を踏まえ、長引く咳を訴える患者の診療において、喘息だけでなく百日咳の可能性も念頭に置いた鑑別診断が、臨床現場において重要性を増している。
8. 製薬企業・医療機関・自治体担当者への含意
8.1 「大人の接種」という啓発の焦点
百日咳の流行データが示す「感染源は主に大人」という構造を踏まえ、疾患啓発コンテンツは、乳幼児の定期接種の案内だけでなく、レポート49で詳述したライフコースアプローチに基づき、「これから出産を控える家族」「乳幼児と同居する成人」向けの、任意接種としての三種混合ワクチン接種の呼びかけを強化する必要がある。
8.2 マクロライド耐性菌という新たな臨床課題への対応支援
MRBP(マクロライド耐性百日咳菌)の拡大という新たな臨床課題に対し、製薬企業・医療機器企業は、迅速診断キット・代替治療薬に関する最新情報を、医療従事者に速やかに提供する体制の強化が求められる。
8.3 集団生活施設との連携
学校・保育園という集団生活施設と連携した、感染症流行期の情報提供・注意喚起は、レポート52の主題である地域全体の集団免疫を維持する上で、個々の医療機関の努力を超えた、面的な取り組みとして重要である。
9. まとめ
2025年、日本で記録された百日咳の過去最大規模の流行(累計8万9千件超)は、個人の接種行動が地域社会全体の感染症リスクに直結するという、集団免疫の重要性を鮮明に示す事例となった。COVID-19対策解除後の免疫低下という背景、10代を中心とした患者層の拡大、そしてマクロライド耐性菌という新たな治療上の脅威が複合し、生後1カ月の乳児が命を落とすという深刻な帰結にまで至った。
この流行が示す最も重要な教訓は、「感染源は主に大人」という構造である。ワクチン効果が経年で減弱し、症状が非典型的なまま感染する成人が、免疫を持たない乳幼児に感染を広げるという構図は、個人単位ではなく、家族・地域社会という単位での予防接種の重要性を物語っている。麻疹の輸入例増加、学校保健安全法に基づく出席停止制度・妊娠中の職員への配慮といった集団生活施設での取り組みも含め、「一人ひとりの接種」が「地域全体の防御」につながるという理解を、疾患啓発活動を通じて社会に根づかせていくことが、これからの感染症予防における重要な課題である。
参考情報・出典
国立健康危機管理研究機構(JIHS)「百日咳の発生状況について」感染症情報提供サイト
国立健康危機管理研究機構(JIHS)「百日咳 2025年11月現在」IASR
IDWR「2025年第22号<注目すべき感染症>百日咳」感染症発生動向調査週報
国立健康危機管理研究機構国立国際医療研究センター「急増する百日咳感染 耐性菌の出現でターニングポイントを迎える治療選択」
Science Portal(科学技術振興機構)「子どもが感染しやすい百日咳、1週当たり集計上最多 流行に学会が注意呼びかけ」
竹内内科小児科医院「【2025年4月最新版】百日咳が異常流行中!」
国立健康危機管理研究機構(JIHS)「麻しん(はしか)の発生状況について」感染症情報提供サイト
日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会「学校,幼稚園,認定こども園,保育所において予防すべき感染症の解説」2025年4月改訂版
本レポートは公開情報・行政情報に基づき作成した調査レポートであり、個別の診断・治療判断を目的とするものではありません。長引く咳等の症状がある場合は、医療機関にご相談ください。予防接種のスケジュール・対象者については、最新の情報を厚生労働省・お住まいの市区町村・かかりつけ医にご確認ください。
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