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活動報告
地域社会におけるヘルスリテラシー投資の価値 「個人から集団、社会へ」という中山和弘教授の枠組みに学ぶ地域的アプローチ
JMWO-RR-0057
最終更新日 2026/7/1
地域社会におけるヘルスリテラシー投資の価値 「個人から集団、社会へ」という中山和弘教授の枠組みに学ぶ地域的アプローチ
地域社会におけるヘルスリテラシー投資の価値
「個人から集団、社会へ」という中山和弘教授の枠組みに学ぶ地域的アプローチ
日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:地域健康リテラシープロジェクト
- 地域社会におけるヘルスリテラシー投資の価値
- 「個人から集団、社会へ」という中山和弘教授の枠組みに学ぶ地域的アプローチ
- 1. はじめに――「一人ひとりの理解力」から「地域全体の環境」へ
- 2. 日本のヘルスリテラシーという出発点
- 2.1 国際調査における「最下位」という衝撃的な結果
- 2.2 中山和弘教授の枠組みにおける核心概念
- 2.3 「か・ち・も・な・い」という情報信頼性チェックツール
- 3. ヘルスリテラシーがもたらす「健康格差」という構造
- 3.1 「決める力」としてのヘルスリテラシー
- 3.2 健康格差の要因としてのヘルスリテラシー
- 4. 経済産業省が示す「健康投資」という国家戦略の視点
- 4.1 個人の投資判断の限界という課題認識
- 4.2 健康経営という組織を通じた間接的な向上策
- 4.3 専門職の指導・助言という「行動変容のトリガー」
- 4.4 経済社会全体へのインパクトという位置づけ
- 5. 地域包括ケアシステムとヘルスリテラシー
- 5.1 「見える化」との連動という視点
- 5.2 「ラーニングフルエイジング」という高齢期の学びの視点
- 6. アレルギー疾患領域における地域的アプローチ
- 6.1 学校教育を通じたヘルスリテラシー形成
- 6.2 食物アレルギーにおける意思決定支援
- 7. 製薬企業・医療機関・自治体担当者への含意
- 7.1 「個人・集団・社会」という3層構造を意識した啓発戦略
- 7.2 「か・ち・も・な・い」のような実践ツールの疾患啓発への応用
- 7.3 健康経営との連携という機会
- 8. まとめ
- 参考情報・出典
1. はじめに――「一人ひとりの理解力」から「地域全体の環境」へ
レポート12で詳述した高齢者のヘルスリテラシーは、個人が医療情報をどう理解し活用するかという、個人単位の課題に焦点を当ててきた。本レポートは、プロジェクト15「地域健康リテラシー」の1本目として、視点を個人から地域社会・組織へと引き上げ、「ヘルスリテラシーは個人の能力の問題であると同時に、それを支える環境・仕組みの問題でもある」という、より広い枠組みを論じる。
この視点転換を体系的に示しているのが、日本のヘルスリテラシー研究の第一人者である聖路加国際大学大学院看護学研究科の中山和弘教授の枠組みである。三井物産が運営するウェルネスメディアのインタビューでは、中山教授の研究テーマの構成が「個人から集団へ。開かれたコミュニケーションでつなぐヘルスリテラシーの輪」「集団から企業、そして社会へ。仕組みや制度がヘルスリテラシー向上の後押しに」という段階的な視座で整理されている。本レポートでは、この個人・集団・社会という3層構造、日本のヘルスリテラシーの国際的な位置づけ、そして地域社会における具体的な投資のあり方を、自治体関係者・医療機関・製薬企業担当者が活用できる形で詳述する。
2. 日本のヘルスリテラシーという出発点
2.1 国際調査における「最下位」という衝撃的な結果
レポート38で詳述したHLS-EU-Q47という国際比較調査に加え、日本肥満症予防協会が報じる別の国際調査でも、日本のヘルスリテラシーの低さが繰り返し示されている。「『ヘルスリテラシー』に関する国際調査で日本は最下位 健康診断やがん検診の受診控えが課題に」という調査結果(ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル カンパニー「My Health, Myself」プロジェクト初調査)が公表されている。
同解説では、「日本の皆さんが、情報収集・判断や行動、コミュニケーションに対する自信を持ち切れていないことが明らかになる一方、単に寿命を延ばしたというより、健康寿命の延伸に大きな関心を寄せていることがあらためて確認できました」とされ、「日本は、医療の進歩、国民皆保険など優れた医療環境も手伝い、長寿国となっている」一方、「先進国の中で高齢化がもっとも進んでおり、平均寿命と健康寿命の乖離や、医療・介護費用の増大など多くの課題を抱えています」という、皮肉な構造が示されている。
2.2 中山和弘教授の枠組みにおける核心概念
中山教授の著書『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(講談社)の目次構成を見ると、「第10章 日本人のヘルスリテラシーの低さと意思決定できる幸せ」という章が独立して設けられていることからも、この「低さ」という現実が、日本のヘルスリテラシー論の重要な出発点となっていることがわかる。
同時に注目すべきは、「第11章 ヘルスリテラシーに配慮した社会づくり:組織、病院、職場」という章の存在である。これは、ヘルスリテラシーの向上策が、個人への教育・啓発だけでなく、「組織・病院・職場」という環境側の設計変更によっても実現されうるという、中山教授の一貫した視座を示している。
2.3 「か・ち・も・な・い」という情報信頼性チェックツール
三井物産のインタビュー記事では、中山教授が開発した実践的なツールが紹介されている。「ヘルスリテラシー向上の鍵:『か・ち・も・な・い』と『お・ち・た・か』」という、覚えやすい語呂合わせの形で、情報の信頼性確認・意思決定支援のためのチェックポイントが体系化されている。講談社の書籍解説でも、「第6章 情報の信頼性の確認方法『か・ち・も・な・い』」「第9章 意思決定ガイドで『胸に「お・ち・た・か」』を学ぶ」という章立てが確認できる。
こうした語呂合わせによる体系化は、レポート38で詳述したプレインランゲージの考え方を、単なる文章の平易化にとどまらず、記憶しやすい実践的なツールへと発展させた、優れた工夫である。
3. ヘルスリテラシーがもたらす「健康格差」という構造
3.1 「決める力」としてのヘルスリテラシー
中山教授自身が執筆したエッセイでは、ヘルスリテラシーという概念の本質が、極めて個人的な語りを通じて示されている。「そんな私は、ヘルスリテラシーを研究しています。それは健康や医療の情報を入手し、理解し、評価して、適切に決められる力です」とされ、「リテラシーとは読み書き能力のことですが、社会に参加して、自分の潜在的な力を引き出して自己実現できる力で、人間の尊厳を表すものです」という、深い定義が示されている。
3.2 健康格差の要因としてのヘルスリテラシー
同エッセイでは、ヘルスリテラシーが社会的に注目される、決定的な理由が端的に述べられている。「ヘルスリテラシーが注目される理由は、専門化が進んで選択肢や情報が増えた中で、それが低いと健康状態がよくない、それが健康格差の要因であることが明らかになってきたからです」。
この一文は、本レポートの核心的な主張——ヘルスリテラシーが単なる「個人の知識・能力」の問題ではなく、社会全体の健康格差を生み出す構造的な要因であるという理解——を端的に表している。ヘルスリテラシーが低い層は、適切な医療情報にアクセスできず、予防・早期受診の機会を逃し、結果として健康状態が悪化するという悪循環に陥りやすい。この悪循環は個人の努力だけでは断ち切りにくく、レポート44で詳述した医療アクセス格差とも複合して、地域社会全体の健康水準の格差を拡大させる。
4. 経済産業省が示す「健康投資」という国家戦略の視点
4.1 個人の投資判断の限界という課題認識
経済産業省の「新しい健康社会の実現」(2023年3月・2024年2月)という政策資料では、健康への投資が構造的に不足しがちな理由が分析されている。「健康づくりに対する個人の支出(投資)は、個人のライフスタイルに依拠。また、若年世代では健康課題が顕在化していないため、支出(投資)は限定的。結果として、疾病罹患後に治療を受ける(健康寿命の低下、公的保険の圧迫)という悪循環」とされている。
さらに、「多くの国民は、健康的なライフスタイルやヘルスケアサービスの活用のイメージが持てていない」という認識も示されており、これは前述の中山教授が指摘する「ヘルスリテラシーの低さ」という個人の課題と、国家政策レベルでの課題認識が、まさに符合していることを示している。
4.2 健康経営という組織を通じた間接的な向上策
同資料では、企業を通じた健康投資の仕組みとして「健康経営」の重要性が強調されている。「健康経営の推進は、結果として、個々の従業員のヘルスリテラシー向上にも寄与し、退職後も含めた将来的なライフスタイルの改善にも繋がる」とされている。
これは、中山教授の枠組みにおける「集団から企業、そして社会へ」という段階と一致する、実際の政策実践である。個人への直接的な教育・啓発だけでなく、「企業」という中間的な組織を通じて、従業員のヘルスリテラシー向上を間接的に促進するというアプローチが、国の政策としても採用されている。
4.3 専門職の指導・助言という「行動変容のトリガー」
同資料では、行動変容を促す具体的な介入ポイントも示されている。「健診や診療時等における医師など専門職による指導・助言は、行動変容のトリガーとして重要」とされ、レポート21で詳述した医師とのコミュニケーションが、個人のヘルスリテラシー向上・行動変容における重要な接点として位置づけられていることが示されている。
4.4 経済社会全体へのインパクトという位置づけ
2024年2月の資料では、健康投資政策のより大きな政策的位置づけが示されている。「労働力人口の増加や生産性向上などの経済成長(企業の持続的成長)の基盤を整え、更には、保険料納付者・納付額の拡大や医療費の適正化による持続可能な社会保障制度構築への貢献という、我が国が抱える構造的課題への対応策として、ヘルスケア政策を位置づけ」とされ、「単なる個別産業政策ではなく、経済社会全体にインパクトをもたらす政策として推進」という、極めて大きな政策的視座が示されている。
5. 地域包括ケアシステムとヘルスリテラシー
5.1 「見える化」との連動という視点
中山教授の研究業績(researchmap)には、「地域包括ケアシステムの成功の鍵―医療・介護・保健分野が連携した『見える化』・ヘルスリテラシーの向上―」という論考が含まれている。このタイトルは、地域包括ケアシステムという、レポート12で詳述した地域全体での高齢者支援の枠組みの成否が、単に制度・サービスの整備だけでなく、住民一人ひとりのヘルスリテラシー向上と、それを支える「見える化」(情報の可視化・共有)と密接に結びついていることを示唆している。
5.2 「ラーニングフルエイジング」という高齢期の学びの視点
中山教授の研究業績には、「『ラーニングフルエイジング』とは何か:超高齢社会における学びの可能性」という共著論考(森玲奈氏との共同執筆)も含まれている。この「エイジングとヘルスリテラシー」という視点は、レポート12で詳述した高齢者のヘルスリテラシーを、単なる情報理解力の課題としてではなく、高齢期における継続的な学び・成長の機会として捉え直す、より積極的な視座を提供している。
6. アレルギー疾患領域における地域的アプローチ
6.1 学校教育を通じたヘルスリテラシー形成
中山教授の研究業績には、「一般市民のヘルスリテラシー向上を目的とした意思決定のスキルとその学習の機会に関する検討 学校教育に焦点を当てて」という研究も含まれている。レポート2で詳述したアレルギー疾患の児童期からの発症(アレルギーマーチ)を踏まえると、学校教育の場でのアレルギー疾患・喘息に関する基礎的なヘルスリテラシー形成は、生涯にわたる疾患管理能力の基盤を築く、重要な地域的投資となりうる。
6.2 食物アレルギーにおける意思決定支援
中山教授の研究業績には、「食物アレルギーの治療法を検討する親子の“よりよい意思決定”を支えるDecision Aidの開発」という、まさにアレルギー疾患領域における具体的な意思決定支援ツールの開発研究も含まれている。これは、レポート21で詳述したSDM(共同意思決定)の考え方を、食物アレルギーという具体的な疾患領域に応用した、実践的な研究の一例である。
7. 製薬企業・医療機関・自治体担当者への含意
7.1 「個人・集団・社会」という3層構造を意識した啓発戦略
疾患啓発活動を設計する際、個人への直接的な情報提供(レポート37〜40で詳述したコンテンツ設計)だけでなく、企業(健康経営を通じた従業員への働きかけ)・学校(次世代への教育)・地域包括ケアシステム(高齢者支援ネットワーク)という、中間的な集団・組織レベルへの働きかけを組み合わせることが、ヘルスリテラシー向上の効果を最大化する。
7.2 「か・ち・も・な・い」のような実践ツールの疾患啓発への応用
中山教授が開発した情報信頼性確認のチェックリストのような、覚えやすく実践的なツールの発想を、アレルギー疾患・睡眠医療領域の疾患啓発コンテンツにも応用することは、単なる知識提供を超えた、実践的な行動変容支援につながる。
7.3 健康経営との連携という機会
経済産業省が推進する健康経営という枠組みは、製薬企業・医療機器企業にとって、企業を通じた間接的な疾患啓発の重要な機会である。レポート4で詳述した職域での健康管理の文脈とも接続し、健康経営に取り組む企業への疾患啓発コンテンツの提供が、地域社会全体のヘルスリテラシー向上に資する取り組みとなる。
8. まとめ
ヘルスリテラシーは、個人の情報理解能力という狭い枠組みだけでなく、それを支える集団・組織・社会という、より広い環境の設計によっても向上しうる。日本のヘルスリテラシーが国際調査で「最下位」という結果を示す中、中山和弘教授が提唱する「個人から集団へ、集団から企業・社会へ」という3層構造の視座は、この課題への体系的なアプローチを提供している。
「専門化が進んで選択肢や情報が増えた中で、(ヘルスリテラシーが)低いと健康状態がよくない、それが健康格差の要因である」という中山教授の指摘は、ヘルスリテラシーへの投資が、単なる教育的な取り組みを超えた、地域社会全体の健康格差是正という、社会的に大きな価値を持つ営みであることを示している。
経済産業省が推進する健康経営政策は、企業という中間組織を通じたヘルスリテラシー向上の実践例であり、「専門職による指導・助言は行動変容のトリガーとして重要」という認識は、医療従事者の日常的な関わりが、地域全体のヘルスリテラシー向上における重要な接点であることを再確認させる。学校教育を通じたアレルギー疾患の基礎知識形成、食物アレルギーにおける親子の意思決定支援ツールの開発といった、疾患領域に即した具体的な実践も進んでいる。個人への直接的な情報提供と、それを支える集団・社会レベルの環境整備という、両輪のアプローチこそが、地域社会全体のヘルスリテラシーへの投資が真の価値を発揮する道筋である。
参考情報・出典
三井物産「ヘルスリテラシーとは|定義や向上の鍵を中山和弘先生が解説」陽だまり
healthliteracy.jp「健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける」中山和弘
講談社「『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(中山和弘)製品詳細」
researchmap「中山和弘(Kazuhiro Nakayama)」聖路加国際大学大学院看護学研究科
一般社団法人日本肥満症予防協会「『ヘルスリテラシー』に関する国際調査で日本は最下位」(ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル カンパニー「My Health, Myself」プロジェクト)
経済産業省商務・サービスグループ「新しい健康社会の実現」2023年3月資料3・2024年2月資料4
Amazon.co.jp「ヘルスリテラシー:健康教育の新しいキーワード」中山和弘・福田洋・江口泰正
本レポートは公開情報・学術文献に基づき作成した調査レポートであり、個別の診断・治療判断を目的とするものではありません。
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