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活動報告
医療アクセスを支える情報設計 地理的・経済的・情報的な医療格差の実態とデジタル技術による是正の可能性
JMWO-RR-0044
最終更新日 2026/7/1
医療アクセスを支える情報設計 地理的・経済的・情報的な医療格差の実態とデジタル技術による是正の可能性
医療アクセスを支える情報設計
地理的・経済的・情報的な医療格差の実態とデジタル技術による是正の可能性
日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:患者インサイト・受診行動研究プロジェクト
- 医療アクセスを支える情報設計
- 地理的・経済的・情報的な医療格差の実態とデジタル技術による是正の可能性
- 1. はじめに――「選ぶ」以前に「たどり着けない」という現実
- 2. 地理的な医療アクセス格差の実態
- 2.1 高齢者世帯における医療機関までの距離
- 2.2 都道府県別に見た顕著な地域差
- 2.3 「へき地」と都市部の医療の質の格差
- 2.4 経済的な医療アクセス格差
- 3. NDB(ナショナルデータベース)による格差の可視化
- 3.1 客観的エビデンスの重要性
- 3.2 厚生労働省の医療費地域差分析
- 4. デジタル技術による医療アクセス格差の是正
- 4.1 情報格差(デジタルデバイド)という第三の格差
- 4.2 岡山県吉備中央町の先進事例
- 4.3 耳鼻科オンライン難聴スクリーニングという具体的成果
- 4.4 医療DXが目指す「全国どこでも同じ質の医療」
- 5. アレルギー疾患・睡眠医療領域における医療アクセスの課題
- 5.1 季節性・専門性を要する疾患のアクセス課題
- 5.2 睡眠検査の地域アクセス
- 6. 製薬企業・医療機器企業担当者への含意
- 6.1 地域特性を踏まえた疾患啓発戦略
- 6.2 デジタルデバイドへの配慮
- 6.3 自治体・地域医療機関との連携
- 7. まとめ
- 参考情報・出典
1. はじめに――「選ぶ」以前に「たどり着けない」という現実
レポート41〜43で詳述してきた患者の受診行動・心理プロセス・インサイト活用は、いずれも「患者が医療機関にアクセスできることを前提」として、その先の選定・意思決定プロセスを論じてきた。しかし、日本には、その前提そのものが揺らいでいる地域・人々が確実に存在する。医療機関を「選ぶ」以前に、そもそも医療機関に「たどり着けない」——あるいは「情報にたどり着けない」——という、より根源的な医療アクセスの課題である。
本レポートは、プロジェクト11「患者インサイト・受診行動研究」の最終回として、地理的な医療アクセス格差、経済的な医療アクセス格差、そして情報的な医療アクセス格差(デジタルデバイド)という3つの次元から、医療アクセスの実態を明らかにし、これまでのレポートで論じてきた情報設計・コンテンツ戦略が、こうした格差の是正にどう貢献しうるかを、医療機関経営者・製薬企業・医療機器企業・行政関係者が活用できる形で詳述する。
2. 地理的な医療アクセス格差の実態
2.1 高齢者世帯における医療機関までの距離
総務省統計局が公表する「統計トピックスNo.44」の解説では、住宅・土地統計調査の確報集計結果に基づき、高齢者世帯と最寄りの医療機関までの距離という重要なデータが示されている。「夫婦とも65歳以上の世帯、夫婦とも65歳以上の高齢夫婦世帯、65歳以上の単身世帯について、住居から最寄りの医療機関までの距離が1km以上である世帯の割合は、それぞれ24.4%、21.5%、17.7%となっています」とされている。
さらに重要な比較として、「世帯全体(17.6%)と比べると、それぞれ6.8ポイント、3.9ポイント、0.1ポイント高く、高齢者の住んでいる住居は、相対的に医療機関から遠いところにあることが分かる」とされている。夫婦とも65歳以上の世帯において、世帯全体の平均を6.8ポイントも上回る24.4%が、医療機関まで1km以上という距離に住んでいるという事実は、レポート12で詳述した高齢者のヘルスリテラシーの課題に加えて、そもそも物理的なアクセスの困難さという、二重の困難を高齢者が抱えていることを示している。
2.2 都道府県別に見た顕著な地域差
同解説では、都道府県別の詳細なデータも示されている。「都道府県別にみると、夫婦とも65歳以上の世帯は、鹿児島県が47.9%と最も高く、次いで秋田県44.0%、岩手県41.3%などとなっています。一方、東京都が3.2%と最も低く、次いで神奈川県6.4%、埼玉県7.2%などとなっています」。
この結果は、「その割合が最も高い都道府県と最も低い都道府県の差をみると、夫婦とも65歳以上の世帯では44.7ポイント、65歳以上の単身世帯では40.8ポイントと大きなものとなっています」という、極めて顕著な地域差を示している。鹿児島県では高齢夫婦世帯の約半数が医療機関まで1km以上という距離に住んでいるのに対し、東京都ではわずか3.2%であるという、実に15倍近い格差が存在する。
2.3 「へき地」と都市部の医療の質の格差
地理的な距離だけでなく、提供される医療の質そのものにも格差が存在することが、学術研究によって示されている。横浜市立大学大学院データサイエンス研究科の金子惇准教授らの研究グループによる調査(国際学術誌『BMC Health Services Research』掲載、2025年5月9日オンライン公開)では、「日本の『へき地』と都市部における医療の質の格差について、これまでに発表された論文や報告書を網羅的に収集し、現状と課題を整理」した結果が報告されている。
同研究グループは2024年1月にも「『へき地』と都市部の診療の幅の違いが明らかに——へき地医療に必要な医師の能力の把握などに貢献」という調査結果を公表しており、へき地医療の実態を科学的に検証する研究が継続的に進められていることがわかる。
2.4 経済的な医療アクセス格差
地理的な格差に加え、経済的な格差も重要な論点である。Spaceship Earthの解説では、「医療格差のもう一つの一面は、医療費の増大によって少しずつ個人負担が増え、他の先進国同様、経済的余裕がない層で医療費を払えない人が増えているという問題です」とされ、「日本の医療費は現在毎年約1兆円(3〜4%程度)ペースで増加しており、国民医療費の対国民所得比は現在の8.8%から2025年には13.2%へ上昇する見込みです」という将来推計が示されている。
さらに「都市部では大病院や専門医が集中しており、幅広い医療サービスを受けやすい一方、地方では医師不足や医療機関の減少が進み、通院に長時間かかる地域もあります」と、地理的格差と経済的格差が複合的に作用する構造が指摘されている。
3. NDB(ナショナルデータベース)による格差の可視化
3.1 客観的エビデンスの重要性
地域医療の格差是正に取り組む研究者の姿勢として、POLICY DOORの解説が紹介する京都大学大学院医学研究科の今中雄一教授の取り組みは、極めて示唆に富む。「その格差を解消するには、格差を可視化した客観的なエビデンスが必要だ」という基本認識のもと、「全国の医療データであるNDB(ナショナルデータベース)を使って解析する」という手法が採られている。
解析対象は「地域医療計画にある5疾病(ガン、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)と5事業(救急医療、災害時における医療、へき地の医療、周産期医療、小児医療)」であり、「とくに心臓と脳に力をいれている」とされる。その理由として、「心筋梗塞とか脳卒中になったときは早く治療を受けないといけない。地域ごとの仕組みをきちんとつくっておかなければならない領域だから」という説明がなされている。この「早期治療の重要性が高い疾患ほど、地域格差の影響が深刻である」という視点は、レポート9で詳述した帯状疱疹のような早期治療開始が重要な疾患領域全般にも当てはまる普遍的な原則である。
3.2 厚生労働省の医療費地域差分析
厚生労働省も、「医療費の地域差分析(医療費マップ)」という形で、地域ごとの医療費の実態を可視化する取り組みを継続的に行っている。こうした公的データベースの整備は、レポート43で詳述したペイシェントジャーニーのような患者理解の手法と組み合わせることで、単に「格差がある」という認識にとどまらず、どの地域の、どのような患者層に、どのような介入が必要かという、より精緻な政策・事業戦略の立案を可能にする。
4. デジタル技術による医療アクセス格差の是正
4.1 情報格差(デジタルデバイド)という第三の格差
Wikipediaの解説では、地理的・経済的格差とは異なる第三の軸として「情報格差(デジタルデバイド)」が定義されている。「インターネット等の情報通信技術(ICT)を利用できる者と利用できない者との間にもたらされる格差」であり、「国内の都市と地方などの地域間の格差を指す地域間デジタル・デバイド、身体的・社会的条件からICTを使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる格差を指す個人間・集団間デジタル・デバイド」という複数の層があるとされる。
同解説では、「遠隔医療・オンライン診療」が、まさに情報格差が医療格差に直結する象徴的な事例として位置づけられている。レポート15で詳述したオンライン診療は、地理的な医療アクセス格差を是正する有力な手段である一方、それを利用するためのデジタルリテラシー・通信環境が整っていなければ、かえって新たな格差を生み出しかねないという、両義的な性質を持つ。
4.2 岡山県吉備中央町の先進事例
東京財団の研究プログラムが報告する岡山県吉備中央町の事例は、デジタル技術による医療アクセス確保の具体的な実践例として注目に値する。「医師が常駐しない診療科については、オンライン診療等の遠隔ケアでカバーする仕組みづくりが進められている。町の診療所には防音個室ブース『テレキューブ』が特別仕様で設置され、岡山大学病院の医師によるオンライン診療が受けられる環境が整備された」とされている。
「テレキューブ内にはディスプレイと各種機器が備えられ、患者は画面越しに医師と対面する形で診察を受ける。プライバシーが確保された防音空間で対面に近い感覚の診療が可能となり、遠隔地でも安心感を持って受診できている」という設計は、単にビデオ通話ツールを提供するだけでなく、レポート27で詳述した院内空間設計の考え方——患者の心理的な安心感への配慮——を、遠隔医療の文脈にも適用した先進的な取り組みといえる。
4.3 耳鼻科オンライン難聴スクリーニングという具体的成果
同事例では、より具体的な成果も報告されている。「耳鼻科のオンライン難聴スクリーニングでは、マイナンバーと紐づけされたポータルアプリのQRを読み取ることで個人情報を簡単に自動登録ができて検査が可能である。このしくみは2025年2月から開始となり、137名が検査に参加し、50名以上に対して受診勧奨の情報提供がなされた」。
この事例は、レポート26で詳述したWeb問診の分岐設計・レポート40で詳述した症状起点のコンテンツ設計で論じたスクリーニング的なアプローチが、地域の医療アクセス課題の解決に直接応用されている実例である。「137名参加・50名以上に受診勧奨」という具体的な数値は、デジタル技術による早期介入が、実際に医療アクセスの改善に結びつくことを示す説得力のあるエビデンスとなっている。
4.4 医療DXが目指す「全国どこでも同じ質の医療」
デジタルラボ一関の解説では、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の目標が「全国どこでも、同じ質の医療が受けられる社会へ」という言葉で端的に表現されている。慢性疾患管理の遠隔化について「地域格差の是正・通院困難者の支援に寄与」という位置づけが示され、「患者自身が“医療データを持ち運ぶ”時代に」という、マイナポータルを通じた医療情報の可搬性向上という展望も示されている。レポート25で詳述した医療DX令和ビジョン2030という国家的な政策枠組みは、まさにこうした地域格差の是正という社会的課題への対応を、その目標の一つとしている。
5. アレルギー疾患・睡眠医療領域における医療アクセスの課題
5.1 季節性・専門性を要する疾患のアクセス課題
レポート16で詳述した花粉症シーズンの需要集中は、都市部でも生じる需要集中の課題であるが、へき地・過疎地域においては、そもそもアレルギー専門医・耳鼻咽喉科医が近隣に存在しないという、より深刻な構造的課題が存在する。前述のNDB解析の枠組みのように、アレルギー疾患・睡眠医療領域についても、地域ごとの専門医の分布・受診アクセスの実態を可視化する取り組みが求められる。
5.2 睡眠検査の地域アクセス
レポート29で詳述したPSG検査のような、専門的な検査体制を必要とする医療は、地方において特にアクセスが困難な領域である。レポート30で詳述した在宅PSG検査という選択肢の普及は、こうした地理的アクセス格差を是正する重要な技術的解決策として位置づけることができる。
6. 製薬企業・医療機器企業担当者への含意
6.1 地域特性を踏まえた疾患啓発戦略
疾患啓発コンテンツ・マーケティング戦略を全国一律で展開するのではなく、本レポートで示した都道府県別の医療アクセス格差(鹿児島県47.9%対東京都3.2%という顕著な差)を踏まえ、地域特性に応じた情報提供のあり方(地方ではオンライン診療の選択肢を積極的に案内する等)を検討することが、実効性の高い疾患啓発活動につながる。
6.2 デジタルデバイドへの配慮
オンライン診療・デジタルツールの普及を推進する際には、それが新たな格差を生まないよう、レポート12で詳述した高齢者への配慮・アナログな情報提供手段との併用という視点を欠かさないことが重要である。デジタル技術は医療アクセス格差の是正に大きな可能性を持つ一方、それ自体が新たな排除を生む可能性も内包しているという、両義性への認識が求められる。
6.3 自治体・地域医療機関との連携
前述の吉備中央町の事例のように、単独の企業努力ではなく、自治体・地域の中核病院との連携によるモデル構築が、医療アクセス格差の是正において実効性の高いアプローチとなる。製薬企業・医療機器企業が、こうした地域連携モデルの構築を支援する取り組みは、社会的価値と事業機会の両方を持つ。
7. まとめ
医療アクセスの格差は、地理的(医療機関までの物理的距離)・経済的(医療費負担能力)・情報的(デジタルデバイド)という3つの次元が複合的に作用する、多層的な社会課題である。高齢夫婦世帯の24.4%が医療機関まで1km以上という距離に住み、都道府県間で最大44.7ポイントという格差(鹿児島県47.9%対東京都3.2%)が存在するという実態は、本レポートシリーズがこれまで論じてきた患者の受診行動・情報探索行動の分析が、こうした地理的な前提条件の違いを踏まえて解釈されるべきことを示している。
京都大学の今中教授らによるNDBを用いた格差の可視化、横浜市立大学の金子准教授らによるへき地医療の質の学術的検証は、こうした課題への客観的なエビデンスに基づいたアプローチの重要性を示している。一方、岡山県吉備中央町の事例が示すように、オンライン診療・遠隔スクリーニングというデジタル技術は、地理的格差を是正する現実的な解決策として、既に具体的な成果(137名参加・50名以上への受診勧奨)を上げ始めている。
しかし、デジタル技術の活用は、それ自体が情報格差(デジタルデバイド)という新たな課題を内包する。レポート41〜43で詳述してきた患者理解の手法を、こうした医療アクセスの多層的な格差という文脈の中に正しく位置づけることこそが、真に「選ばれる」だけでなく「届く」疾患啓発活動・医療情報発信の実現につながる。
参考情報・出典
総務省統計局「統計トピックスNo.44/2 高齢者世帯と最寄りの医療機関までの距離について」(住宅・土地統計調査確報集計結果)
横浜市立大学大学院データサイエンス研究科「日本における『へき地』と都市部の医療格差を網羅的に調査」金子惇准教授、BMC Health Services Research誌、2025年5月9日オンライン
厚生労働省「医療費の地域差分析(医療費マップ)」
POLICY DOOR(JST社会技術研究開発センター)「地域医療の格差をなくす」今中雄一京都大学大学院医学研究科教授
東京財団研究プログラム「人口減少社会における持続可能な地域医療体制の構築:デジタル技術活用による医療アクセス確保と効率化戦略」2025年3月31日(岡山県吉備中央町事例)
Spaceship Earth「医療格差とは?世界と日本の現状・原因を紹介!」
デジタルラボ一関「【2025年最新版】医療DXとは?日本の医療が直面する課題とデジタル変革の最前線」
Wikipedia「情報格差」(デジタル・デバイドの定義・遠隔医療との関連)
本レポートは公開情報・行政統計・学術研究に基づき作成した調査レポートであり、個別の診断・治療判断や政策提言を目的とするものではありません。統計データの詳細な解釈については、各出典元の公表情報をご確認ください。
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