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ホテル・宿泊施設と医療機関の連携ガイダンス 東京都「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル」と地域医療観光の実証事業
2026/7/1 08:57
ホテル・宿泊施設と医療機関の連携ガイダンス 東京都「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル」と地域医療観光の実証事業
ホテル・宿泊施設と医療機関の連携ガイダンス
東京都「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル」と地域医療観光の実証事業
日本医療福祉機構 調査レポート|関連プロジェクト:多言語医療アクセスプロジェクト
1. はじめに――旅先で体調を崩した外国人が、最初に頼るのは誰か
レポート53〜55で詳述してきた外国人患者対応は、いずれも「医療機関を受診した後」の局面に焦点を当ててきた。しかし、訪日外国人旅行者が体調不良を感じた際、多くの場合、最初に相談する相手は医療機関ではなく、宿泊先のホテル・旅館のスタッフである。本レポートは、プロジェクト14「多言語医療アクセス」の最終回として、この「医療機関の外側」に位置する、ホテル・宿泊施設という重要な接点に焦点を当てる。
東京都保健医療局は、この課題認識のもとで先進的な取り組みを行ってきた。同局の解説では、「外国人が体調を崩した場合や怪我をした場合の相談先となることが想定される機関(宿泊施設や観光施設等)と医療機関が連携した取組について、医療機関、関係団体、観光・宿泊施設等の関係者からなる会議体の開催等により検討を行っています」とされ、その成果として「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル」(令和2年3月版)が作成・公開されている。本レポートでは、このホテル・宿泊施設との連携体制、観光庁が提供する国レベルの支援ツール、そして医療と観光を組み合わせた地域の先進事例を、医療機関経営者・自治体関係者・観光業界関係者が活用できる形で詳述する。
2. 東京都「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル」という先進事例
2.1 マニュアル作成の背景
東京都保健医療局の解説では、このマニュアルが作成された目的が明確に示されている。「宿泊施設のスタッフや観光案内所が外国人旅行者等から体調不良等について、相談を受けた際に適切に対応できるよう『宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル』を作成いたしました」。
このマニュアルの重要な意義は、医療機関側の受け入れ体制整備(レポート53・54で詳述した内容)だけでなく、患者が医療機関にたどり着く「その前」の段階——宿泊施設スタッフが症状を適切に把握し、必要な医療機関へと橋渡しする段階——にまで踏み込んだ、包括的なアプローチを取っている点にある。
2.2 関係者からなる会議体という協働の枠組み
同マニュアルの作成プロセスでは、「医療機関、関係団体、観光・宿泊施設等の関係者からなる会議体の開催等により検討」が行われたとされる。これは、レポート19で詳述した在留外国人の医療アクセス課題への対応が、医療関係者だけの努力では完結せず、観光・宿泊業界を含めた分野横断的な協働体制を必要とすることを示している。
3. 観光庁による国レベルの支援ツール
3.1 訪日外国人向けガイドブックの多言語展開
観光庁は、宿泊施設スタッフが訪日外国人旅行者への案内に活用できる、複数の実践的なツールを提供している。同庁の解説では、「日本の医療機関のかかり方や指差し会話シート等を掲載している訪日外国人旅行者向けのガイドラインです。医療機関を受診する訪日外国人旅行者への案内等にご活用ください」として、「具合が悪くなったときに役立つガイドブック」が英語・中国語(簡体字・繁体字)・韓国語で提供されていることが示されている。
このガイドブックの内容は、「訪日外国人旅行者が具合が悪くなった場合に必要な情報(医療機関のかかり方・海外旅行保険・緊急時連絡先情報等)が掲載されています。旅行者から問い合わせがあった場合にご活用ください」とされており、宿泊施設のフロントスタッフが、専門的な医療知識がなくても、体調不良を訴える旅行者に対して、標準化された適切な案内を行えるよう設計されている。
3.2 「外国人患者を受け入れる医療機関の情報を取りまとめたリスト」
観光庁と厚生労働省が連携して整備する「外国人患者を受け入れる医療機関の情報を取りまとめたリスト」は、宿泊施設スタッフが実際に旅行者を紹介する際の、重要な実務ツールである。同庁の解説では、「患者の利便性を高め、医療機関等及び行政のサービス向上を図ることを目的として、厚生労働省と観光庁が連携して一元化した」このリストが、「2025年12月25日」の公開以降、「2026年2月26日更新(北海道、京都府、鹿児島県)」「2026年3月31日更新(全都道府県に項目追加)」と、継続的に更新・拡充されていることが示されている。
さらに、日本政府観光局(JNTO)ウェブサイトでも、「日、英、中(繁・簡)、韓の4カ国語に対応」「訪日外国人旅行者が具合が悪くなった際に受診できる医療機関の情報を掲載。医療機関の所在地や対応可能な言語、診療科等で検索可能」という、実際に検索・活用できる形での情報提供が行われている。この「登録は各都道府県が選出」という運用は、レポート53で詳述したJMIPのような認証制度とは異なる、より広範な医療機関の参画を促す仕組みとなっている。
3.3 医療機関マニュアルのリンク集という総合的な情報提供
観光庁の解説では、宿泊施設だけでなく医療機関側にも役立つ、複数の実務マニュアルへのリンク集が整備されていることが示されている。「外国人患者受入れのための医療機関マニュアル(厚生労働省)」「外国人向け多言語説明資料一覧(厚生労働省)」「訪日外国人旅行者受付+診察マニュアル(国土交通省九州運輸局)」「医療費未払い対策マニュアル(近畿運輸局『訪日外国人旅行者の医療分野における受入体制整備実証事業報告書』より)」といった、複数の省庁・地方運輸局が作成した資料が、体系的にリンクされている。
この「医療費未払い対策マニュアル」の存在は、レポート53で詳述した未収金問題への対応が、医療機関単独の課題ではなく、観光・運輸行政の観点からも重要な政策課題として位置づけられていることを示している。
4. 「訪日外国人旅行者患者」という独自のカテゴリ
4.1 厚生労働省マニュアルにおける特別な位置づけ
厚生労働省政策科学推進研究事業「外国人患者の受入環境整備に関する研究」研究班(主任研究者:慶應義塾大学北川雄光氏)が作成した「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」では、外国人患者を「在留外国人患者」と「訪日外国人旅行者患者」という2つのカテゴリに明確に区分している。
同マニュアルの解説では、後者の特性が詳しく述べられている。「近年増加しているのが,『訪日外国人旅行者患者』です。このタイプの外国人患者の多くは,特に医療現場での日本語のコミュニケーションが困難です。また,日本の医療文化や医療習慣には不慣れな方が多いため,医療機関や医療従事者とのトラブルも少なくありません。さらに『100%が自費診療』であることも,多くの日本人患者と異なるため,医療機関にとっては,一定の体制整備なしには円滑な受入れが難しい場合が多いと考えられます」。
この「100%自費診療」という点は、レポート53で詳述した未収金の高額化リスクと直接結びつく重要な特性である。宿泊施設スタッフが体調不良の旅行者を案内する段階において、こうした費用面の特性を踏まえた事前の心構え・説明を行うことも、円滑な医療アクセスにおいて重要な役割となる。
4.2 地方への拡大という新たな課題
同マニュアルでは、外国人患者対応の必要性が、もはや大都市・主要観光地に限定されないことも指摘されている。「特に最近では,都市部や主要観光都市以外の地域でも,在留外国人や訪日外国人旅行者の数が増えてきていることから,これまで外国人患者の受診がほとんどなかった地域でも外国人患者の受診が珍しくない状況です」。
これは、レポート44で詳述した医療アクセス格差の議論とも接続する重要な視点である。地方の医療機関・宿泊施設ほど、外国人患者対応の経験・体制が乏しい傾向にあり、こうした地域における、東京都のような先進的なマニュアル整備の重要性が、今後さらに高まっていくと考えられる。
5. 医療と観光を組み合わせた地域の先進的取り組み
5.1 宮城県の医療観光モデル
厚生労働省「地域の医療・観光資源を活用した外国人受入れ推進のための調査・実証事業」(令和5年度事業結果、2024年3月)では、単なる緊急対応にとどまらない、医療と観光を積極的に組み合わせた地域の取り組みが紹介されている。宮城県の事例では、「観光コンテンツと検診の組合せによるインバウンド誘客のモデル実証」として、「4泊5日の滞在プラン:日本のハイエンドの検診と宮城の絶景を楽しむ旅」というプランが造成されている。
この取り組みでは、「宮城創生DMOが各関係者の調整役を担当し,医療機関・観光事業者・行政のより深い」連携を実現しており、「観光事業者,宿泊事業者にポケトークをレンタルし多言語ツールの実証を行った」という、レポート55で詳述した音声翻訳アプリの観光・宿泊分野への応用実践も報告されている。
5.2 沖縄県のリハビリテーション観光モデル
同資料では、沖縄県による、より専門的な医療観光モデルも紹介されている。「沖縄リハビリテーションセンター病院を中心に,『患者の個々の状態に合わせたリハビリプラン,観光施設やビーチ等の地域資源を活用したリハビリ』の取り組み」が行われ、「車いす対応可能なバリアフリールームの宿泊やホテルでの訪問リハビリが可能」「最長3ヶ月の滞在プラン」という、長期滞在を前提とした宿泊施設との緊密な連携が実現されている。
「患者自身がリハビリの場所及び方法や観光プランを選択できるプラン」という設計は、単に「緊急時の対応」を超えた、宿泊施設と医療機関の恒常的なパートナーシップという、より発展的な連携モデルを示している。
6. アレルギー疾患・睡眠医療領域における実践
6.1 花粉症シーズンの訪日外国人対応
レポート16で詳述した花粉症シーズンは、訪日外国人にとっても予期しない症状として現れうる。特に花粉症の経験がない国からの旅行者が、日本滞在中に初めて症状を経験するケースも想定される。宿泊施設スタッフが、こうした季節性の症状について基本的な知識を持ち、市販薬の案内・必要に応じた医療機関への案内を行える体制は、レポート13で詳述したオンライン相談とも連携した、実践的な対応となりうる。
6.2 アナフィラキシーという緊急事態への備え
レポート14で詳述したアナフィラキシーは、宿泊施設という医療知識のない環境で発生した場合、極めて危険な事態となりうる。宿泊施設スタッフが、緊急性の高い症状(呼吸困難・顔面の腫れ・意識レベルの低下等)を認識し、救急要請(119番)を躊躇なく行える教育・マニュアル整備が、訪日外国人の生命を守る上で不可欠である。
7. 製薬企業・医療機器企業担当者への含意
7.1 宿泊業界向けの疾患啓発資材
製薬企業が、季節性アレルギー疾患・軽度の体調不良に関する基礎知識を、宿泊業界向けに簡潔にまとめた多言語資材(レポート38で詳述したプレインランゲージの原則に基づいたもの)を提供することは、宿泊施設スタッフの初期対応の質向上に貢献する。
7.2 医療観光モデルへの製品情報提供
宮城県・沖縄県のような医療観光モデルにおいて、検診・リハビリテーションに関連する製薬企業・医療機器企業が、多言語対応の製品説明資料・使用ガイドを提供することは、こうした地域の取り組みを実務面で支える重要な貢献となる。
8. まとめ
訪日外国人旅行者が体調を崩した際、その最初の相談先となるのは、多くの場合、医療機関ではなく宿泊施設のスタッフである。東京都が整備した「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル」は、この「医療機関の外側」に位置する重要な接点に着目し、医療機関・観光・宿泊業界の関係者からなる協働の枠組みを通じて作成された、先進的な取り組みである。
観光庁による「具合が悪くなったときに役立つガイドブック」「外国人患者を受け入れる医療機関の情報を取りまとめたリスト」といった国レベルの支援ツールは、宿泊施設スタッフが標準化された適切な案内を行うための、実務的な基盤を提供している。「100%が自費診療」という訪日外国人旅行者患者特有の性質、そして都市部・主要観光地を超えて地方にも広がる対応の必要性を踏まえると、こうした宿泊業界との連携体制の整備は、今後さらに重要性を増す政策課題である。
宮城県・沖縄県の事例が示すように、この連携は緊急時対応にとどまらず、医療観光という新たな地域経済の可能性にもつながっている。医療機関・宿泊施設・行政・製薬企業がそれぞれの立場から協働することで、レポート53〜55で詳述してきた外国人患者受け入れ体制を、来院前の段階から支える、より包括的な医療アクセスの実現が可能となる。
参考情報・出典
東京都保健医療局「宿泊施設等向け外国人患者対応マニュアル(令和2年3月版)」
観光庁「『外国人患者を受け入れる医療機関の情報を取りまとめたリスト』を更新しました」2025年・2026年
観光庁「外国人患者受入体制の充実」インバウンド受入環境の整備
日本政府観光局(JNTO)「日本を安心して旅していただくために-具合が悪くなったときに役立つガイド」
厚生労働省「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」平成30年度厚生労働省政策科学推進研究事業「外国人患者の受入環境整備に関する研究」研究班(主任研究者:慶應義塾大学 北川雄光)
厚生労働省「地域の医療・観光資源を活用した外国人受入れ推進のための調査・実証事業 令和5年度事業結果の概要」2024年3月
日経メディカル「訪日客の急増で避けられない外国人対応、まずは何から対策するべき?」2025年4月(メディフォン澤田真弓氏インタビュー)
本レポートは公開情報・行政情報に基づき作成した調査レポートであり、個別の経営判断を目的とするものではありません。宿泊施設・医療機関の受け入れ体制整備にあたっては、各行政機関が提供する最新のマニュアル・ガイドラインをご確認ください。
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